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超音波医学会専門医。腎尿管結石・前立腺癌・肥大症の診断が得意です。 膀胱炎・尿道炎・男子不妊症では、院長自身が顕微鏡検査(尿・精液)を行います。 皮膚科は男性非露出部に自信があります。

PSA検査を市町村の住民検診として実施することは勧められない

2007年9月1日の新聞報道によれば、がん検診に関する厚生労働省の研究班が、PSA検査について「市町村の住民検診として実施することは勧められない」とするガイドライン案をまとめたようです。
内外の論文を検討した結果、PSA検査で前立腺がんの死亡率が減るかどうかの根拠が不十分と判断されたためだそうです。
一方、適切な説明の下で任意に受けることまで無意味とは言っていません。

「住民検診の項目としては勧められない」が、「任意に受けることは否定しない」のは何故でしょう。
一つの原因として、PSAの異常が見つかった人たちの2次検診受診率が、住民検診では人間ドックより低い事が挙げられます。

横浜市基本健診
PL東京健康管理センター
要精検者数
3998人
577人
精検の結果が判明した人の数
1293人(32.3%)
296人(51.3%)

この表でも分かるように横浜市基本健診での精検の結果が判明した人の割合は32.3%で、人間ドックの51.3%より低率です。
せっかく、PSA検査で前立腺がんのリスクが高い群を抽出しても、その人たちが前立腺生検を受けようとしなければ、前立腺癌を発見できませんし、その地域の前立腺癌死亡率は低下しないのです。

もう一つ、厚生労働省の研究班は、どのがん検診をやる事が日本人でのがん死亡率を減らせるか、という観点から議論している、という点も見落としてはいけません。 市町村が住民検診に割く事ができる限られた予算で、どのがん検診を優先させるかという議論のなかで、PSA検査が「勧められない」という結論になったのかもしれません。 泌尿器科学会が「現在、欧州と米国で進行中の二つの大規模研究の結果が数年後にまとまるまで結論は保留すべきだ」と主張しても、公衆衛生学者は「有効性が不明な検診を続けるより、大腸がん検診のように有効性が証明された検診の受診率を上げ、着実にがんの死亡率を下げるのが先ではないか」と反論されます。 このような議論は科学ではなく政治です。

2008年からは基本健康診査が廃止され、メタボリックシンドロームに重点を置いた特定健康診査が始まります。 厚生労働省研究班がPSA検査の集団検診(対策型検診)は「推奨しない」とする指針案をこの時期にまとめたのが、基本健康診査廃止に間に合わせるためでなければよいのですが。 市町村で基本健診のオプションとして行われているPSA検査の存続は難しくなったのかもしれません。

私が強調したいのは、任意型検診(人間ドックなど)でのPSA検査の意義まで否定された訳ではないことです。 集団全体の死亡率を下げることを目的としている対策型検診と、個人の死亡リスクを下げることを目的としている任意型検診とは別物です。 良質な人間ドックは二次検診の必要性をちゃんと受診者に説明し、さらには「良質な検査と治療を提供している」と自分が信じる二次検診先を紹介してくれるなど、個人の死亡リスクを下げることに貢献しているはずです。


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