木村泌尿器皮膚科

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前立腺がんの発見にPSAは当てにならない


Q.先般ヤフーのニュース欄で、アメリカの学会が”前立腺がんの 発見にPSAは当てにならないと言う結論に達した”と言う 記事を目にしました。正常値4でもがん患者は20%も いた、と言ったような内容だったと思います。
小生の周囲でもPSAに振り回されてノイローゼ気味の 連中が何人もいます。
お忙しい中を恐縮ですが、アメリカの発表は真実ですか。 お教え願います。



A.私はその記事を読んでいないのですが、
1、PSAが4以下でもガンの患者さんが多い、
2.PSAが4以上でもガンでない人が多い、
3、PSAで検診しても、前立腺がんで死ぬ人の数が減らない、
のどれを主張しているのでしょうか

Q.PSAが目安にならないという米研究チームに 関する読売新聞の記事がでましたのでお知らせします。


A.ありがとうございました。
アメリカでは、前立腺がんの早期発見に関して、多くの論文が発表されています。毎月20くらいの論文が雑誌に発表されます。PSA4で切ったのでは、早期がんを見落とす可能性がある、という論文は、数年前から出ています。
なぜこの論文だけが脚光を浴びたのかわかりません。しかも、「アメリカの泌尿器科医は、....」とアメリカ人全員が結論を出したかのように伝わるのは、変な気がします。
夏休み中に勉強して私なりのコメントを出したいと思います。

論文が雑誌に発表

A.論文要旨(木村の偏見・誤解が混じっている可能性あり)
221の医療機関が参加し、PSAの境界値をいくらにすると、前立腺がんの診断効率が高いか(偽陰性・偽陽性が低くなるか)、1993年から2003年まで前向き臨床試験が行われました。
55歳以上で前立腺がんでなく、PSAの値も3.0ng/ml以下の18,882人の健康な男性を7年間追跡。
その間定期的にPSA検査などを行いPSAの値が4.0ng/mlを越えたり、直腸検診で異常が発見された場合は生検を勧めました。
7年後、PSAの値が4ng/ml以下で直腸検診でも異常がなかったすべての男性に生検を勧めました。
実際に生検を受けた5587人のうち1225人が前立腺がんと診断されました。
前立腺がん1225人のうち、PSAの値が4.0ng/mlを越えていた人は、20.5%に過ぎませんでした。
PSAの境界値を4.1ng/mlにすると、偽陽性は6.2%に抑えられますが、、実際の前立腺がんの患者のうち20.5%しか発見できないことになります。
PSAの境界値を1.1ng/mlにすると、実際の前立腺がんの患者のうち83.4%を発見できるかわり、偽陽性は61.1%になってしまい、無駄な生検が増えてしまいます。

A.これから、いろいろ批判や反論が出てきて、その後評価が落ち着くであろう、医師向けの論文が、7月に発行されたばかりなのに、読売新聞で一般向けに紹介されたのには、正直戸惑います。
1225人のうち、80%の974人はPSAが4.0ng/ml未満なのに生検を受けてガンが発見されたわけで、これは前向き試験に参加した18,882人の5%にあたります。
日本人での前立腺がん発生率は、米国白人の10分の1ですから、この計算で行くと、日本人でもPSAが4.0ng/ml未満でも生検すれば、0.5%(200人に1人)ガンがみつかることになります。
この論文の最大の問題点は、この18,882人が「前立腺がんを予防できるかもしれないホルモン剤の治験に参加しませんか」といって集められた人たちだということです。 効果が証明されていないホルモン剤を飲んででも、前立腺がんにはなりたくない、という人は身内に前立腺がんがいる人かもしれません。「前立腺がんの予防薬の治験に参加しませんか」というポスターに目が行く人は、その段階でバイアスがかかっているといえます。
また、高血圧の薬の前向き試験ではよく問題となりますが、医療費無料かつ試験協力費ももらえると、人種が偏ってしまうことがあります。
米国黒人での前立腺がん発生率は米国白人の2倍です。
「PSAの境界値を4.1ng/mlにすると、偽陽性は6.2%に抑えられますが、、実際の前立腺がんの患者のうち20.5%しか発見できないことになります。 PSAの境界値を1.1ng/mlにすると、実際の前立腺がんの患者のうち83.4%を発見できるかわり、偽陽性は61.1%になってしまい、無駄な生検が増えてしまいます。」 というのが、この論文のメインの部分ですが、生検を受けた人が、米国の人種人口比からかなり外れたものになっていることは充分ありえます。高血圧の薬の前向き試験ではそうでした。
さらにPSAの値が4.0ng/mlを越えた人に生検を勧めたそうですが、その人たち全員が生検を受けているわけではありません。
痛い検査はいやだ、といってそのまま前向き試験からドロップアウトし、7年間の追跡から外れている人たちの中にも前立腺がんの人がいるはずです。


PSAの値に振り回されている人は多いので、その加熱を冷ますという意味ではタイムリーな記事かもしれません。
PSA健診が無意味かどうかについても、多くの論文が出ています。発見しても治療成績が悪ければ、 「どうせ治せないなら、発見しないでおいてくれたほうが、幸せな人生を送れたのに」ということになります。

PSA健診を導入した地域で前立腺がんの死亡率が下がるのか、この論文を泌尿器科医の多くは待っています。

現在質問は受け付けておりませんが、 同様な質問が、7-8月集中したので答えさせていただきました。今でも「私の父のことで....」といったメールが送られてきますが、お答えしておりませんので、お許しください。

補足説明:このページは8月28日に公開しましたが、毎日数十件のアクセスがあります。患者さんがこのページをプリントして診察室に持ち込まれたりしたとき、 「木村の要約はめちゃくちゃだ」と私の同僚たちに言われたくないので、専門的になりますが、より正確な内容を書かせていただきます。
この著者たちが221施設で行ったのは、実は前立腺癌予防試験で、18,882人を フィナステリド (男性ホルモン抑制剤)かプラセボー(偽薬)を飲み続ける2グループ に分け、その後の前立腺癌発生率を前向きに見ていく、というものです( フィナステリド は男性型脱毛症治療薬として使用されています。商品名:プロペシア)。その結果は、
Thomson IM, et al. The influence of finasteride on the development prostate cancer. N Engl J Med. 2003;349:211-220.
に発表済みです。木村の偏見・誤解が混じっている論文要旨をご覧ください。

JAMA2005年7月号に発表された今回の論文
Thomson IM, et al. Operating characteristics of Prostate-Specific Antigen in Men With an Initial PSA Level of 3.0ng/ml or Lower. JAMA. 2005;294:66-70.
は、プラセボー(偽薬)に割り当てられた9459人のデータを再解析したものです。9459人のうち、PSAの値と触診所見の記載のある8575人中、 5587人が針生検を受けました。針生検を受けた人は、受けなかった人に比べて、高齢で、家族に前立腺癌のいる人が多く、白人の比率が高かった。 1225人でがんが見つかりました。グリーソンスコアの記載のある1213人中、250人がグリーソンスコア7以上でした。 PSA4以上の743人中、106人が針生検を受けていませんでした。

この論文の締めくくりの言葉は、「生検を受けるべきPSAの明確なカットオフ値はない。医者の助言の下、患者さん自身に生検を受けるかどうか、決めてもらうしかない。」 ということで、これは私がPSADを基にした確率表示で主張してきたこととまったく同じで驚いています。
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