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天皇陛下が無事退院されたころ、Pharma Medica 編集部から「8月号で前立腺癌についての特集を組みたいので、企画を担当してほしい」 との依頼があった。「前立腺癌の診断」は私自身が担当することとし、巻頭語は恩師で天皇陛下の主治医でもある東大の北村唯一教授に、 「前立腺肥大症の診断」は東大の高橋悟助教授にお願いした。東大の関係者だけに限りたくなかったので、「前立腺癌の疫学」は ハワイに留学し日系アメリカ人の前立腺癌発生に詳しい昭和大学の深貝隆志助教授に、「前立腺癌の手術療法」は私の高校時代の先輩で 腹腔鏡下前立腺摘除術の先駆者である東海大学の寺地敏郎教授にお願いした。「前立腺癌の放射線治療」は目黒区区民公開講座で 一緒に講師をさせていただいた東京医療センターの(日本で最初に小線源植え込み術を行った)斉藤史郎医長、「前立腺癌の内分泌療法」は 内分泌間欠療法に詳しい東京厚生年金病院の赤倉功一郎医長にお願いした。「前立腺肥大症の手術療法」は 日帰りTURPをご自身で盛んにやられているミタニひ尿器科の三谷比呂士院長に、「前立腺肥大症の薬物治療」は 各種α1ブロッカーの作用機序の違いに詳しい岐阜大学の西野好則講師にお願いした。

Pharma Medica Vol.21 No.8 2003-8



■ 特集 前立腺をめぐって―前立腺肥大症と前立腺癌
○ 特集にあたって/北村唯一
○ 前立腺肥大症の診断/高橋 悟
○ 前立腺肥大症の薬物治療/西野好則/出口 隆
○ 前立腺肥大症の手術療法/三谷比呂士/横山英一郎/ 斎藤賢一/大石幸彦
○ 前立腺癌の疫学とスクリーニング/深貝隆志/吉田英機
○ 前立腺癌の診断/木村 明
○ 前立腺癌の内分泌療法/赤倉功一郎
○ 前立腺癌の手術療法/臼井幸男/寺地敏郎
○ 前立腺癌の放射線治療/斉藤史郎


前立腺癌の診断/木村 明


はじめに


近年、前立腺特異抗原(以下PSA)によるスクリーニングの普及により、無症状のうちに発見される前立腺癌が増えている。当科で2002年に新たに前立腺癌と診断された症例は34例だったが、このうち人間ドックや掛り付け医でのPSA高値が発見の契機になったのが19例、排尿困難等を主訴に直接泌尿器科を受診して発見されたのが15例であった。天皇陛下の入院・手術に関係して、昨年末から今年初めにかけて、前立腺癌がマスコミで大きく取り上げられ、この影響で、今年は前者の割合がさらに増えているように感じている。
ここでは、人間ドックや掛り付け医でPSAの高値を指摘されて、あるいは排尿に関する症状を元に泌尿器科を受診した患者に対して、どのような手順で検査が進められるかを主に説明する。

検査法

PSA

PSAは正常前立腺上皮で作られ,精液内に分泌される酵素(蛋白)である。前立腺癌細胞や前立腺肥大症の腺細胞でも合成され、正常の導管がないため精液内に分泌されず、血中に放出される。PSAのcut-off値は一般的には4.0ng/mlとされている。しかし、PSAは癌細胞が特異的に作り出す蛋白ではないので、前立腺炎や前立腺肥大症でも軽度の上昇を示す事がある。PSA値が4.1-10.0ng/ml(この範囲をgray zoneという)では、癌が発見される率は2割程度である。PSA値が10.1ng/ml以上の場合は、約5割で癌が発見される。

直腸診

検者の利き手の人差し指を肛門内に挿入して行う。前立腺の大きさ、形、中央溝、表面、硬度などを調べる。前立腺癌の場合は、軟骨硬から石様硬の結節を触れる。PSAに比べ感度が低いこと、検査所見に主観的な要素が含まれる等の難点がある。しかし、PSAと併用することにより、PSA gray zoneでの不要な生検を減らすのに役立ち、直腸診は今でも基本的かつ有用な診断法である。

経直腸的超音波断層法

腹部用の超音波プローブを下腹部にあて、尿が充満した膀胱を通して前立腺を描出する経腹的超音波断層法は、泌尿器科専門医以外でも施行可能であるが、前立腺内部構造の評価は困難である。尿道近くのtransition zoneと直腸に近いperipheral zoneとの境界の描出には、直腸内に超音波プローブを挿入して、横断像と縦断像を観察する経直腸的超音波断層法が必要である。前立腺がんの約7割はperipheral zoneに発生する。典型的な前立腺癌の超音波所見は、peripheral zoneの限局性の低エコー域(図1)であるが、経直腸的超音波断層法の感度はPSAに比べ低い。
横断像と縦断像から、左右径・前後径・上下径を計測し、この積にπ/6を掛けて前立腺体積を求めることができる(図2)。前立腺体積は後述するPSA densityの算出に用いられる。3軸が直交するよう注意が必要である.特に、左右径と前後径を横断像で測定し、上下径を縦断像で測定する場合、上下径として、内尿道口から前立腺尖部までを測定すると、3軸は直交しない。この場合、3軸が直交するように計測した場合より、前立腺体積を3割も過大評価する可能性がある1)。

前立腺針生検(図3)

前立腺癌の確定診断は病理診断が必要であり、経会陰的若しくは経直腸的に針生検にて前立腺の組織を採取する。経直腸的超音波断層法でモニターしながら、ねらった部位から前立腺組織を生検針で採取する。生検部位については、種々の方法が提唱されているが、peripheral zoneを中心とした系統的6箇所生検が標準的な方法と考えられている。経直腸的超音波断層法で疑わしい部位があれば、追加生検を行う。再生検の場合は、transition zoneからも組織を採取する。外来無麻酔で行う施設から、数日の入院で腰椎麻酔もしくは静脈麻酔下に行う施設までさまざまである。当院では、初回は、一泊入院で仙骨ブロック麻酔下に6箇所生検を、再生検の場合は、2泊入院で腰椎麻酔下に12箇所生検を行っている。

CT

前立腺針生検にて、前立腺癌との確定診断後に、リンパ説転移の有無を調べるために施行する。腹部から骨盤にかけてのリンパ節腫大の有無を検索する。

骨シンチグラフィー(図4)

これも、癌の確定診断後に、骨転移の有無を調べるために施行する。放射性同位元素で標識した燐酸化合物を静脈注射し、数時間後に撮影すると、転移巣に集積が見られる。

前立腺針生検の適応について

PSA値が10.1ng/ml以上の場合は約5割で癌が発見されるため、直腸指診、経直腸的超音波断層法で癌を疑わせる所見がなくても、前立腺針生検を行う。
gray zone症例では癌が発見される率は2割程度であるので、全症例に針生検を行えば、一人の癌患者を見つけるために、4人の患者に不要な生検を行う事になる。
 表は、日本最大規模の人間ドック施設からPSA高値で当院に紹介され、前立腺針生検行った症例数と、癌の件数を年次別に集計したものである2)。PSA値が10.1ng/ml以上の場合は、本人が拒否しない限り前立腺針生検を行った。この方針が一貫していたため、癌発見率は期間を通じて30%以上とほぼ一定であった。これに対し、gray zone症例については、どこまで検査するのかが時期により変化した。gray zone症例でのPSA、前立腺体積、PSA densityの平均値を、表の下段に示した。当初はPSAがわずかに4を越えただけの症例は針生検を行なっていなかった。1997年からは、gray zone症例にも積極的に針生検を行った。針生検数が増えたぶん、発見率が低下した。1999年からはPSA densityをある程度参考にして、肥大症と思われる症例には、前立腺切除手術(TURP)もしくは内服治療を行いながらの経過観察などの選択肢を患者に提示するようにした。不要な針生検が減少し、癌発見率が向上した。 


PSA density

 PSA gray zoneでは、癌と前立腺肥大症とのオーバーラップが多い。PSA(ng/ml)を超音波断層法により求めた前立腺体積(ml)で割ったPSA densityが用いると、このオーバーラップを減らすことができる。
図5に、私が在職した1994-1995年当時の東京大学泌尿器科のgray zone症例39例(癌19例、非癌20例)での、PSA、PSA densityのROC曲線を示した3)。ROC曲線は、横軸が偽陽性率、縦軸が感度なので、左上寄りにあるPSA densityの方が偽陽性率は低いことが示されている。感度を下げることなく偽陽性を減らせるところにPSA densityのcut-off値を設定できれば、不要な生検を減らすのに役立つ。
図6に、東大泌尿器科のgray zone症例39例、東京共済病院前期(1996-1997年)のgray zone症例62例4)、東京共済病院後期(1998-2000年)のgray zone症例60例5)のPSA densityを示した。PSA density のcut-off値としては0.15が一般的であるので、0.15で線を引くと、東大症例での感度は74%、偽陽性は35%、共済前期症例での感度は100%、偽陽性は87%、共済後期症例での感度は93%、偽陽性は84%となる。共済前期症例では、cut-off値を0.17まで上げても、感度は100%のままで偽陽性を65%に減少できる。不要な生検を12例減らすことができることになるが、それをそのまま共済後期症例に適応すると、感度は80%、偽陽性は73%になってしまう。cut-off値を0.15から0.17に上げることにより、不要な生検を5例減らせるかわりに、さらに2例の癌患者を見逃すことになる。このように、施設により、また時期により、最適のcut-off値が異なる。

Free/total PSA ratio(F/T比)

PSAは血中で遊離型とα1-antichymotrypsinと結合した結合型の二つの状態で存在する。前立腺癌では遊離型に比べ、結合型の割合が上昇する。PSAのうちの遊離型のPSAの割合(F/T比)は、不要な生検を減らす手段として、PSA density同様期待されている。F/T比は採血だけですみ、検者の技量や主観の影響を受けない。しかし、ROC曲線での比較ではPSA densityの方が診断効率に優れているとの報告が少なくない。 cut-off値についての施設間のばらつきも、PSA density以上である。Free PSAはtotal PSA に比べ、室温および冷蔵では不安定である6)ので、採血から測定までの手順の違いが、施設間のデータの違いの一因かもしれない。

針生検陰性例のフォローアップ について

1996年から1999年に、PSA10以上で針生検を行った症例61例のうち1回目の針生検が陰性であった症例36例につき、その後の経過を調査した7)ところ、1回目の針生検が陰性の人の半数でPSAがその後も上昇し、さらにその半数で後に癌が発見されたことが明らかとなった。  したがって、1回目の針生検が陰性であった人には、これで前立腺癌が完全に否定できたわけではないこと、今後も定期的にPSA検査を受ける必要があることを、しっかり説明しておくことが大切である。

文献


1) Kimura A, Kurooka Y, Hirasawa K et al: Accuracy of prostatic volume calculation in transrectal ultrasonography.. Int J Urol 1995;2:252-256.
2) 木村明,斉藤功,樫原英俊,田村政紀 :人間ドックでの前立腺癌健診.多摩エコー研究会会誌,6,21-24,2002.
3) Kimura A, Yoshida M, Saito I, and Kitamura T: PROSTATE VOLUME CALCULATED BY BIPLANE PLANIMETRY IMPROVES THE ACCURACY OF PSA DENSITY. Scand J Urol Nephrol 1999; 33(Supple):19.
4) 木村明,吉田雅彦,斉藤功,田村政紀:PSA高値で検診施設から紹介された患者での前立腺癌陽性率―グレーゾーンでの前立腺癌の確率..腎泌予防医誌,8,43-44,2000.
5) 木村明,今荘智恵子: PSA densityによる癌確率表示導入後の針生検の成績..腎泌予防医誌,10,31-32,2002.
6) Woodrum D.L., French C.M., Hill T.M., Roman S.J., Slatore H.L., Shaffer J.L., York L.G., Eure K.L., Loveland K.G., Gasior G.H., Southwick P.C., Shamel L.B.: Analytical performance of the Tandem-R free PSA immunoassay measuring free prostate-specific antigen.Clin Chem; 43:1203-1208, 1997
7) 木村明,今荘智恵子: PSA10以上で1回目の針生検陰性例のその後. .日泌尿会誌,93,392,2002.

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