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 肥大症の診断で最も大切なことは,前立腺癌を見落とさないことである.そのためには,触診,超音波に加え,腫瘍マーカーの採血が必要となる.よく用いられる腫瘍マーカーには,前立腺特異抗原(prostatic specific antigen : PSA)や前立腺性酸性ホスファターゼ(prostatic acid phosphatase : PAP)がある.これらにγセミノプロテイン(γ-Sm)を加えて3種類測定することもある.
 骨転移を有する前立腺癌患者で血中の酸性ホスファターゼの活性が高いことが発見されたのが最初である.はじめは酸性ホスファターゼの酵素活性を測定していたが,これの前立腺由来のものの構造が特有であることを利用して抗体がつくられ,前立腺性酸性ホスファターゼ(PAP)となり,現在ではRIA(ラジオイムノアッセイ)やEIA(酵素免疫測定法)で測定されている.
 PAP以外にも前立腺には特異的な物質があり,前立腺癌患者の血中に放出されることが検討され,その結果前立腺特異抗原(PSA)やγセミノプロテイン(γ-Sm)が見つかった.PSAは糖蛋白で分子量が33,000ー34,000です.精製したPSAを用いた抗体が作成され,RIAやEIAで測定が行われている.PSAは正常前立腺上皮で作られ,精液内に分泌される.前立腺癌細胞や前立腺肥大症の腺細胞でも合成されるが,正常の導管がないため血中に放出されることになる.
 PSAは早期の前立腺癌でも異常高値を示すため感度が高く,人間ドックでの検査項目に入れられるまでになってきたが,いくつか問題がある.一つは,多くのメーカーによるキットの製造の結果,正常値が異なることである.正常値が違うだけなら何倍かすれば簡単に換算できるのでは,と思われるかも知れないが,PSAは血中で遊離型と結合型の二つの状態で存在し,そのどちらをより良く検出するかが各々のキットで異なるため,簡単に換算できないことが問題となっている.PSAの標準化についてはやっと議論がはじまったところである.今の段階ではPSA高値で前立腺癌を疑い患者を泌尿器科専門医に紹介する際に,PSAの値と正常値に加え,測定法(できればキット名)も記入してあれば完ぺきな紹介状と言える.
 二つめの問題点は,肥大症でもPSAが高値となることである.肥大症でも,精液中に分泌さなかったPSAが血中に放出される.PSAの多くのキットは健常人の平均から正常上限を決めているので、肥大症の患者の多くがこの正常値を超えてしまう.この解決法として,正常上限と肥大症上限という二段構えの正常値を用意しているキットもある.肥大症では前立腺の容積とPSAに相関がある.体積が大きいほどPSAも高値になる.したがって,PSA値を超音波で求めた前立腺体積で割ってPSA密度を求めると,PSAの値そのものより癌と肥大症の鑑別が容易であることが判ってきた.最近、私はPSADの分母に適した前立腺体積計測法を発表した。
 三つめの問題点というか注意事項は,正常でも前立腺マッサージ後には血中のPSAがわずかだが上昇することがある.したがって,PSAの採血は前立腺触診の前に行った方がよいと思われる.