最初のマーカーは前立腺性酸性ホスファターゼ(PAP)


 前立腺癌の腫瘍マーカーには,前立腺特異抗原(prostatic specific antigen : PSA)や前立腺性酸性ホスファターゼ(prostatic acid phosphatase : PAP)があります.これらにγセミノプロテイン(γ-Sm)を加えて3種類測定することもあります.
 前立腺癌の腫瘍マーカーは,骨転移のある前立腺癌患者で血中に酸性ホスファターゼ(ACP)という酵素(蛋白)が多いことが発見されたのが最初です.酸性ホスファターゼのうち前立腺特有のものが、前立腺性酸性ホスファターゼ(PAP)です。
 PAP以外にも前立腺には特異的な物質があり,それらが前立腺癌患者で血中に流れ出していないか検討され,前立腺特異抗原(PSA)やγセミノプロテイン(γ-Sm)が見つかりました。

f/t PSA


 PSAは正常前立腺上皮で作られ,精液内に分泌される酵素(蛋白)です.前立腺癌細胞や前立腺肥大症の腺細胞でも合成されますが,正常の導管がないため精液内に分泌されず、血中に放出されるのです.
 PSAは血中で遊離型と結合型の二つの状態で存在します。精液の中にいるべき蛋白が、誤って血中に放出されると、その蛋白の保護役として別の蛋白が結合します。旅人に案内人が付き添っている状態と例えれば理解しやすいかも。ちゃんと付き添いがいるPSAが結合型、フリーで旅しているPSAが遊離型です。
 前立腺癌では結合型のPSAの方が増えます。一方、前立腺肥大症では遊離型のPSAの方が増えます。最近は遊離型のPSAだけを測れる抗体も開発されました。PSAのうちの遊離型のPSAの割合(f/t PSA f/tはfree/totalの意味)は、前立腺癌で前立腺肥大症より低値になり、PSAの精度をあげる方法としてPSAD同様期待されています。

日本生まれの腫瘍マーカー


 γセミノプロテイン(γ-Sm)は、日本で発見された、腫瘍マーカーです。精液の中のたんぱく質で抗体を作るうちに見つかりました。同じころ、アメリカで発見された腫瘍マーカーが、PSAです。前立腺を磨り潰したもので、抗体を作るうちに見つかりました。数年後、同じたんぱく質を見ていることが判明しました。日本の医者は、アメリカにコンプレックスがあるのか、あるいは英語の論文を書くには、PSAを測っておかなければならいないためか、γセミノプロテイン(γ-Sm)を測る医者は日本でも少数になってきました。

PSA/γ-Sm


 しかし、日本にもしつこい医者がいて、γセミノプロテイン(γ-Sm)と、PSAとは同じ値にならないことに注目し、PSAをγセミノプロテインで割った比(PSA/γ-Sm)が、前立腺癌では、前立腺肥大症より高くなることに気づき、PSA/γ-Smは前立腺癌の診断に使えると発表しました。

2度目の敗戦


 その後、γセミノプロテインは遊離型のPSAを測定していることがわかりました。ということはPSAをγセミノプロテインで割った比(PSA/γ-Sm)はPSAのうちの遊離型のPSAの割合(f/t PSA)と同じ意味(分母と分子が逆なので、前者は前立腺癌で高値、後者は低値となる違いはありますが)だということです。英語の論文を書くには、PSA/γ-Smではなく f/t PSAを測っておかなくてはなりません。こうして、一度復活しかけたγセミノプロテインは、またもアメリカ生まれの遊離型PSA測定キットに敗れることになりました。