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和文論文37



頻尿と尿失禁

木村明,東原英二*,阿曽佳郎**   

東京大学医学部泌尿器科非常勤講師,助教授*,教授**
  
 わが国でも高齢化が進むにつれ,尿失禁は大きな問題となりつつある.しかし,老人になれば頻尿,尿失禁になるのは当然と言った風潮もあり,医療に携わる側もまた,尿失禁にまで手が回らなかったのがつい最近までの状態であった.ところが近年,医療において quality of life を向上させることが強調され,米国では,1988年NIH(米国立保健研究所)で尿失禁についてのConferenceがもたれるなど1),国際的にも尿失禁の問題に関心が高まってきた.
 尿失禁には,表1に示したように種々のものがあり,それぞれ治療法が異なる.ここではまず,成因別の治療法を解説したのち,最近注目を集めている高齢者の尿失禁の対策について述べる.

1) 腹圧性尿失禁
 成人の女性の場合は圧倒的に腹圧性尿失禁が多い.くしゃみ,咳などでりきんだ時や,飛び上がったり,走ったりする時,立ち上がろうとした時,笑った時などに尿が漏れる.女性では尿道括約筋の発達が弱く,また尿道の長さも短いため,腹圧がかかった場合,その力が直接膀胱の出口に伝わって,尿道をおしひろげる作用をする.正常では,膀胱と尿道のなす角は90度ぐらいになっているが,それが開いてしまうと,尿道をおしひろげる力が尿道括約筋の力を上まわり,腹圧性尿失禁が起こる(図1).
 治療法には,行動療法,薬物療法,手術療法がある.
 行動療法としては,肛門をしめる,排尿を途中で止める練習をするなどの運動を繰り返す骨盤底筋訓練がある.毎日20ー30分間繰り返す.2週間から6週間で効果が現れ始め,約1/3の患者で尿失禁が消失する2).
 薬物療法では,交感神経α受容体刺激薬(塩酸メチルエフェドリン25ー75mg/日など)が,尿道の閉鎖圧を高めるので,中等度以下の腹圧性尿失禁に有効である.ただし,薬物だけで完全に失禁が消失することは少ない.血圧上昇,不安,不眠,頭痛,めまい,動悸などの副作用のため,長期の使用は必ずしも容易でない.
 膀胱頚部つり上げ手術は,腹圧性尿失禁に対する最も有効な治療法である.種々の術式があるが,”Stamey法”(図2)は,特殊な長い針を用いて腹筋を貫いて尿道膀胱角の部分に糸をかけて,筋肉がゆるんでたれ下がった膀胱と尿道を上へ引き上げ,尿道膀胱角が90度近くになるようにする方法である.
 より侵襲の少ない手術法として,コラーゲンを膀胱頚部に注入する治療法が最近試みられている.生体への親和性を増すための特殊処理のなされたウシコラーゲンを,外尿道口外縁より刺入した穿刺針で,内視鏡的に内尿道口が膨隆するのを確かめながら,膀胱頚部に注入する.東大病院で治験中である.

2) 切迫性尿失禁
 強い尿意が突然あるいは頻繁に起こり,これを抑制することができず尿を漏らしてしまう状態をいう.脳血管障害やパーキンソン病などで排尿中枢を制御している領域の障害によって起こる運動性切迫性尿失禁と,膀胱炎,尿道炎,前立腺炎,膀胱結石などの刺激による知覚性切迫性尿失禁がある.
短い間隔(当初は1時間)で排尿するように促し,徐々に排尿間隔を3時間まで延長させる膀胱訓練は,尿意をある時間抑制するように努力させる方法である.切迫性尿失禁の軽減に有効な治療法である.この方法を行う際は,排尿した時間と排尿量,尿失禁を生じた時間と失禁量を記録させる.この排尿記録に基づいて排尿時間を決めるようにする.この方法は単独でも,ある程度効果があるが,薬物療法と併用すると有効率が高い.50ー90%の患者の失禁が消失すると報告されている2).
 切迫性尿失禁に対しては膀胱の収縮を抑制する薬物が有効である

3).膀胱排尿筋の収縮は副交感神経のムスカリン受容体の興奮によって起こる.これに拮抗する薬剤としては抗コリン薬がまず第一にあげられる.従来は臭化プロパンテリン(プロバンサイン30ー60mg/日)が主に用いられたが,口渇,視調節障害,便秘,緑内障の悪化などが高頻度にみられた.最近市販されるようになった塩酸テロジリン(ミクトロール12ー24mg/日),塩酸オキシブチニン(ポラキス6ー9mg/日)は,副作用が比較的少ない.塩酸テロジリンは,抗コリン作用のほかにカルシウム拮抗作用もあり,両者の働きで膀胱の収縮を抑制する.塩酸オキシブチニンは,抗コリン作用と直接平滑筋弛緩作用,局所麻酔作用,鎮痛作用があり,それらの働きで膀胱の収縮を抑制する.抗コリン薬は,副作用として排尿障害を増悪し,尿閉を起こすので,軽度でも排尿障害のある患者への投与は慎重でなければならない.

4) 溢流性尿失禁
溢流性尿失禁は,尿を排出できないため膀胱内に尿が過度に充満しているが,絶え間なく上部尿路から尿が流入してくるため,膀胱内圧が尿道閉鎖圧を越えた分だけ尿が漏れてくる状態である.膀胱の収縮力が低下した神経因性膀胱や,前立腺肥大症などの下部尿路の閉塞によって発生する.溢流性尿失禁の病態は尿失禁とは正反対の尿排出障害である.
 しかし,体動によって膀胱内圧が急激に上昇すると,多量の尿が漏れてきて,腹圧性尿失禁と間違えることもあり,また,尿失禁のみを訴え,排尿困難を自覚しておらず,尿回数が多いことを”尿は良く出る”と表現する患者のような場合には,溢流性尿失禁を念頭に置いておかないと,安易に抗コリン薬が投与され,排尿障害を増悪させる可能性がある.
 したがって,尿失禁の治療では,まず溢流性かどうかを鑑別することが大切である.典型的な溢流性尿失禁では下腹部が膨隆している.下腹部の膨隆が著明でないときは,残尿の有無を調べることになるが,超音波断層装置を下腹部の恥骨上縁にあてれば,尿道にカテーテルを挿入しなくても,残尿の有無や大まかな残尿量が簡単に分かる(図2).超音波断層法による残尿の有無のチェックは,現在どの病院にもある超音波断層装置(腹部用でも心臓用でも)で簡単に行え,患者に羞恥心や苦痛を与えないので,抗コリン作用のある頻尿改善薬を投与する前にはやっておくべき検査である.
交感神経α遮断薬の塩酸プラゾシン(ミニプレス0.5ー3mg/日)は,尿道括約筋を弛緩させるので,溢流性尿失禁に投与すると1回排尿量が増えて残尿が減る.その結果,尿失禁が軽減することが多い.ただし,α遮断薬は血圧下降,立ちくらみ,めまい,動悸などを起こすので,高齢者への投与が不適当なことが少なくない.
 溢流性尿失禁の原因が前立腺肥大症にもとづく下部尿路閉塞の場合は,手術が可能であれば前立腺切除術を行う.最近,直腸内あるいは尿道内にマイクロウェーブ発信機を挿入し,前立腺を加熱する温熱療法が,注目されつつある.麻酔が不要なため,poor risk の患者にも行える.東大病院での治験では,約2/3の症例に有効であった4).手術不能例で,温熱療法や薬物療法などの保存的療法が無効の例には,間歇的自己導尿が有効な手段である.糖尿病,骨盤内手術による末梢神経障害などにもとづく低活動型神経因性膀胱でも,間歇的自己導尿が有効である.膀胱容量が十分にあれば,約半数の患者で尿失禁が消失する.患者は常時カテーテルを携帯し,3ー4時間毎に患者自身がカテーテルを指先で把持して尿道内に挿入し導尿する.無菌操作の必要はなく,決めた時間毎に導尿すれば,重大な感染症を生じることはない.自己導尿には,上肢の麻痺がないこと,痴呆症でないことが必要で,高齢者では実施できないことが多い.

5) 老人の尿失禁 
 本年2月に,尿失禁対策検討委員会(会長.北川定謙)は,全国の90病院,96老人保健施設を対象に,高齢者の失禁対策に関する調査を行ったが,これらの病院,施設に入院(所)していた60歳以上の人10,022名のうち約半数に尿失禁が認められた.加齢とともに失禁の割合は増加し,60歳代では40%に対し,80歳代では60%に尿失禁が見られた.失禁者には,脳出血後遺症,夜間せん妄,前立腺疾患の病歴のある人が多かった.歩行可能な人での尿失禁の割合は24%なのに対し,寝たきりでは94%の人が尿失禁となっていた.また,痴呆の程度が強い人ほど尿失禁の割合が多くなっていた.尿失禁を主たる理由として入院した者は17%であり,尿失禁が退院阻害要因となっている者は22%であった.
 高齢者に特に多いのは切迫性尿失禁であるが,女性の場合は腹圧性尿失禁が,男性の場合は前立腺肥大症による溢流性尿失禁も加味され,病因を一つに絞れない混合型のものも多い.また,下部尿路の機能に異常はないが,ADL(日常生活動作)の低下,見当識障害,痴呆といった要因のために尿失禁を来す機能的尿失禁が多いのも,高齢者での特徴である.
尿失禁のタイプにより,前項までに述べた方針で治療法を選択することが多いが,個々の患者ごとに性格,環境,期待度,認識力,運動能力,指の器用さなどを考慮した上で治療方針を立てることが重要である.
 機能的尿失禁のうち,ADLが低下しているためにトイレに到達するのに時間を要し途中で失禁する患者や,見当識障害のためにトイレの場所がわからず失禁している患者では,トイレまで誘導すれば排尿は可能である.対応としては,トイレへの誘導とか,トイレの前に目印をつける,ポータブルトイレの使用などが考えられる.脳血管型の痴呆ではせん妄の頻度が高いことが知られている.せん妄中に尿失禁を起こすことがある.治療としては意識障害,せん妄に対する治療を行うことになる.尿意があってもトイレに行く意志判断に手間取ったり,意欲が低下して間に合わずに失禁してしまうことがある.対応としては定期的にトイレに誘導するとか,トイレの位置を工夫する,あるいは看護の対応の工夫などがある.塩酸テロジリンや塩酸オキシブチニンなどの薬物療法も有効である.高度の痴呆患者では,尿意や排尿の自覚はなく,トイレの認識もできない.本人に聞いてみると,「ここに何か入っている」と言っておむつの認識ができない.「ではトイレはどうするの」と聞くと,「ちゃんと自分で行っている」と答える.このような無自覚失禁ではおむつの使用もやむを得ない.
 尿道留置カテーテルは尿失禁対策の最終手段のように思われているが,感染が不可避であり,高齢者では尿路感染由来の菌血症やそのための死亡率が有意に高い.予防的に抗菌剤を投与しても,耐性菌感染を招くのでむしろ有害である.このような点から,尿道留置カテーテルはできるだけ避けるべきである.

文献

1) Hahn, et al : Urinary incontinence in adults - NIH Consensus Conference 1988. JAMA, 261:2685-2690,1989.
2) 福井準之助,他:女性尿失禁の保存療法.日泌尿会誌,81:1700-1705,1990.
3) 上野精:尿失禁の薬物療法.泌尿器外科,3:9-13,1990.
4) 本間之夫,他:前立腺肥大症に対するプロスタサーマーによる温熱療法の治療成績.日泌尿会誌,82:792-798,1991.