
フクダ電子に印刷してもらった論文
(学会誌に掲載されなかった訳)
加齢に伴う夜間尿量と夜間尿回数の変化
東京大学医学部付属病院分院泌尿器科
木村 明,榎本 裕,福原 浩,栗本重陽,杉本雅幸,保坂義雄,北村唯一
自治医科大学泌尿器科学教室
中村昌平
キーワード:夜間尿量,夜間頻尿,加齢
要旨
[目的]加齢に伴い夜間頻尿となること,夜間頻尿を訴える高齢者では抗利尿ホルモン(ADH)の分泌低下が起こり,夜間多尿を生じることは報告されているが,加齢と夜間尿量の関係を直接示した報告は見受けない.加齢に伴う夜間排尿回数,夜間尿量の変化を,当科入院患者で検討した.
[対象と方法] 1995年3月から1年間に入院した男性患者103人の内,カテーテル留置例,トイレでの排尿が困難な例を除いた59例での,排尿量と時刻を記録する装置(ウロメセル)の,輸液を受けていない日の記録を基に,21時から翌朝6時までの排尿回数,排尿量,1回排尿量を集計した.
[結果] 年齢と,夜間排尿回数,夜間排尿量に正の相関を,年齢と夜間1回排尿量に負の相関 を認めた.前立腺肥大症症例を除いた36例でも,同様な結果を得た.
[結論] 加齢に伴い,夜間排尿回数と夜間排尿量が増し,1回排尿量が減ることが,当科病棟患者において示された.自動蓄尿装置は病棟の尿臭対策に普及し始めている.多数例での同様な解析が尿量や排尿に及ぼす加齢の影響の解明に役立つと思われた.
(参考:終日ウロフローメトリによるIPSSの信頼性の検討.)
緒言
排尿回数の異常増加を頻尿といい,就寝後翌朝起床するまでにみられる頻尿は特に夜間頻尿と呼ばれている.夜間頻尿は,前立腺肥大症の主要症状の一つであって,初期には刺激により,後期には残尿によって起こる.しかし,検診や老人対象のアンケート調査などで,加齢に伴い前立腺肥大症でなくとも,夜間頻尿になることが報告されている1).さらに,夜間頻尿を訴える高齢者では,抗利尿ホルモン(ADH)の日内変動が消失し,夜間多尿になっていることも明らかにされている2,3).
年寄りは夜間頻尿である,夜間頻尿を訴える年寄りは夜間多尿である,の2つが証明済みならば,年寄りは夜間多尿であるという命題も証明されたと言えなくもない.しかし,4万人を対象としたアンケート調査と,数十例での内分泌学的検査という,異質な研究から明らかにされた2つの事実から,別の結論を導くのはいささか不自然で,ある程度の大きさの集団を対象に,年齢と夜間尿量の関係も観察することも必要と思われる.
当科の病棟に入院患者全員の排尿量と時刻を記録する自動蓄尿装置(ウロメセル)が,1995年3月導入された.患者が装置に尿を流し込むと,時刻,排尿量などが記録される.排尿量の一定の割合を蓄え,蓄尿の一部の検体を採取する機能もあり,各患者毎に蓄尿袋が用意されている従来の病室のトイレを清潔にする目的で開発された装置である.一日数回の検温時刻に合わせて,各患者毎の排尿の記録が印字される.
この自動蓄尿装置の記録を基に,21時から翌朝6時までの排尿回数,排尿量,1回排尿量を集計し,年齢と夜間尿量・夜間頻尿の関係について検討した.
対象と方法
図1左に自動蓄尿装置・ウロメセルの装置を示す.患者が自分の名前の書かれたボタンを押すと尿投入口が開く.図1右が自動蓄尿装置が印字した,ある患者の一日の記録である.このようなデータが1995年3月以降の入院患者すべてに得られた.ただし,カテーテル留置中,あるいは日常動作活動(ADL)の低下のためにベッドサイドで尿器で採尿している患者では,容器に溜まった尿を装置にうつした時刻と,容器に溜まっていた尿量が記録されている.
1995年3月から1年間に入院した男性患者103人の内,カテーテル留置例,トイレでの排尿が困難な例を除いた59例での,輸液を受けていない日(下部尿路の手術目的で入院した患者については,術前)の自動蓄尿装置の記録を基に,21時から翌朝6時までの排尿回数,排尿量,1回排尿量を集計した.対象の年齢は17歳から90歳まで,平均66歳で,10歳台が1人,30歳台が2人,40歳台が6人,50歳台が6人,60歳台が17人,70歳台が17人,80歳台が9人,90歳台が1人,であった.さらに,前立腺肥大症に依らない加齢のみの影響を見るため,この59例中,肥大症患者を除いた36例のみについても,同様の集計を行った.
さらに,21時から翌朝6時までに一度も排尿しなくてもこの間尿が産生されていない訳ではないので,ある時刻に排尿された尿量は,前回排尿後に産生された尿量として単位時間あたり均等に割り当てることにより,21時から6時までに産生された尿量,夜間尿産生量を算出した(図2).この算出には,残尿は0ml もしくは常に一定であること,ある排尿から次の排尿まで尿は同じ速度で産生される,の二条件を仮定している.
結果
男性59例では,年齢と夜間排尿回数には,相関係数0.49で相関を認め),回帰直線はy=0.043x-0.96であった(図3左).年齢と夜間排尿量にも,相関係数0.32で相関を認め(p=0.014),回帰直線はy=5.1x+32であった(図3右).
前立腺肥大症症例を除いた36例でも,年齢と夜間排尿回数には,相関係数0.67で相関を認め、回帰直線はy=0.040x-0.95であった(図4左).年齢と夜間排尿量にも,相関係数0.43で相関を認め(p=0.0089),回帰直線はy=5.3x+11であった(図4右).
男性59例では,年齢と夜間1回排尿量には,相関係数0.41で負の相関を認め(p=0.0019),回帰直線はy=-2.8x+410であった(図5左).肥大症例を除いた36例でも,年齢と夜間一回排尿量には,相関係数0.43で負の相関を認め(p=0.011),回帰直線はy=-2.5x+410であった(図5右).
男性59例での,年齢と夜間尿産生量との関係を図6左に示す.年齢とともに夜間尿産生量は増加する傾向がみられたが,統計学的には有意ではなかった(p=0.18).肥大症例を除いた36例でも(図6右),同様の傾向がみられたが,統計学的には有意ではなかった(p=0.27).
考察
健常若年者では夜間小用に行かないか,起きてもせいぜい1回であり,2回以上の頻尿があるとき夜間頻尿として重要視される.夜間頻尿は,前立腺肥大症の主要症状の一つとして,国際前立腺症状スコア(IPSS)にも含まれている4).しかし,夜間頻尿は,IPSSの他の項目に比べ,治療に反応しにくいとの指摘がある5).
今井ら1)は,前立腺検診や老人会で行ったアンケート調査などを基に,前立腺肥大症でなくとも,加齢に伴い夜間排尿回数が増加する報告している.一方,菊地3)は,夜間頻尿のある老年男性32人を,若壮年者15人と比較し,前者ではADHの日内変動が見られないことを報告している.この2つの事実から,加齢に伴い夜間多尿となり,その結果夜間頻尿になるとの結論を導くことができる.それば事実なら,IPSSのうち夜間頻尿のスコアは,年齢を尋ねる質問に過ぎず,前立腺肥大症の治療によっては,夜間頻尿のスコアは改善しないということになる.しかし,今井らの研究が4万人を対象としたアンケート調査であるのに対し,菊地の研究は,数十例での内分泌学的検査である.
尿量の日内変動についての基礎的な研究は,生理学的に正確さを期するために,少数の対象で行われてきた.Mills6)は,自分自身と5人の学生で12時間ごとの飲水量を同じにしたうえで48時間の尿量を調べ,夜間は昼間より尿量が減少することを示した.Georgeら7)は,8人の二十歳台男性を一日中臥位とさせてADHの日内変動を調べ,夜間はADHが上昇する事を示した.Asplundら2)は,夜間頻尿のある老年男性32人ではADHの日内変動が見られず,夜間頻尿のない老年男性10人では夜間のADHの上昇が見られることを示した.
Asplundら2)や菊地3)などの高齢者を対象にした研究においては,夜間頻尿を訴える老人と健常若年者の比較を行っているのみで,年齢に伴い夜間尿量がどのように増すのか,両者の関係をグラフで示した報告は少ない.年齢が10歳増えると夜間尿量はいくら増えるかを示した研究は今までなかった.
今回,1995年3月から1年間に当科に入院した男性患者103人の内の59例での,自動蓄尿装置の記録を基に,21時から6時までの排尿回数,排尿量,1回排尿量を集計した.その結果,加齢に伴い,夜間排尿回数と夜間排尿量が増加し,夜間1回排尿量が減少することが示された.肥大症患者を除いた36例でも同じ結果であった.加齢による夜間尿量の増加と,一回排尿量の減少の双方が,夜間頻尿の原因であることが明らかとなった.
しかし,排尿量の集計のみでは,夜間の尿量が増していることの証明としては不十分と思われた.例えば,膀胱容量が減少したために翌朝まで我慢できず排尿し,そのために夜間尿が増えたとの反論も成り立つ(図7).そこで,ある時刻に排尿された尿量は,前回排尿後に産生された尿量として単位時間あたり均等に割り当てることにより,21時から6時までに産生された尿量,夜間尿産生量を算出した.その結果,59例全例においても,また肥大症患者を除いた36例でも,加齢に伴い夜間尿産生量が増加する傾向は見られたものの統計学的に有意ではなく,図7に示した仮説を否定できなかった.これは,単に症例数が少ないためとも考えられるが,起床後の最初の排尿は夜間も均等に産生されたとの仮定が,夜間はADHが増加するという事実に反しているためとも思われた.尿意がなくても21時と6時に排尿してもらうなど,患者の簡単な協力により,夜間尿量を明らかにすることが可能である.
自動蓄尿装置のデータを用いる利点は,カテーテル留置等特別な処置が不要なため,入院患者全員を対象にできることである.入院した患者には,泌尿器の疾患以外に種々の合併症を抱え,さらにそのための投薬を受けている者もいたが,それらも対象に含めた.それは,今回の検討が,夜間多尿の機序の解明を目的としたものではなく,加齢に伴い夜間多尿・夜間頻尿が起きるかを明らかにし,夜間頻尿を前立腺肥大症の診断や治療効果判定に用いる際の注意点を明らかにすることであったからである.したがって,今回の結果は加齢そのものによる生理的変化を明らかにしたものではなく,合併症を抱えた人も含めた高齢者での,夜間の排尿状態を示したものである.
同様な集計は自動蓄尿装置を備えた病院で可能である.内科病棟や整形外科病棟などに入院中の患者のデータも今回と同様の解析を行うことにより,今後,幅広い年齢層での,尿量と排尿間隔の日内リズムが明らかなることが期待される.
結語
1.男性入院患者での自動蓄尿装置の記録を基に,21時から6時までの排尿回数,排尿量,1回排尿量を集計した.
2.加齢に伴い,夜間排尿量は増し,一回排尿量は減少した.
3.加齢に伴う夜間頻尿は,一回排尿量の減少と夜間尿量の増加の双方が原因と思われた.
4.自動蓄尿装置の記録の解析は,患者の特別な協力を要さず,尿量と排尿間隔の日内リズムの解明に有用な方法と思われた.
文献
1)今井強一,岡部和彦,小林大志朗,伊藤一人,高橋修,中山英寿,三木正也,登丸行雄,佐藤仁,黛卓爾:前立腺集団検診よりみた男子高齢者における排尿困難.日泌尿会誌,82,1790-1799,1991.
2) Asplund,R. and Aberg,H.: Diurnal variation in the levels of antidiuretic hormone in the elderly.J.Int.Med.,229,131-134,1991.
3)菊地悦啓:高齢者夜間頻尿に対するヒト心房性Na利尿ペプタイド(hANP)及びアルギニンバゾプレッシン(AVP)の関与.日泌尿会誌,86,1651-1659,1995.
4) Cockett AT,Aso Y,Denis L,Murphy G,Khoury S:世界保健機構前立腺肥大症取扱い委員会規約答申.in Proceedings of the international consultation on benign prostatic hyperplasia.p.605-621,1993.
5)小林敦子,岩本洋子,田中文子,田川和子,井上三枝子,中村勇夫,根本良介:TUR-P術後患者の排尿状態とQOLに関するアンケート調査.老人泌尿器科,8,82,1995.
6)Mills: Diurnal rhythm in urine flow.J.Physiol.,113,528-536,1951.
7)George,C.P.L., Messerli,F.H., Genest,J., Nowaczynski,W., Boucher,R., Kuchel,O. and Rojo-ortega,M.: Diurnal Variation of plasma vasopressin in man.J.Clin.Endocrinol.Metab.,41,332-338,1975.