木村明:慢性前立腺炎におけるクラミジア感染の役割.
泌尿器科-専門医にきく最新の臨床,p237-238,
中外医学社,東京,2008.


横浜木村泌尿器

慢性前立腺炎におけるクラミジア感染の役割


慢性前立腺炎は、会陰部や下腹部,陰嚢部などに鈍痛や不快感を生じる疾患で.頻尿,排尿痛,残尿感、射精前後に痛みなどを伴うこともある。
診断はStameyの3杯分尿法を行う事が原則である。排尿の最初の10ml(初尿VB1)と、200mlほど排尿させた後の尿(中間尿VB2)を採取する。次に前立腺マッサージを行い、前立腺から分泌された圧出液(EPS)を採取する。そして、マッサージ後の初尿(マッサージ後尿VB3)も10ml採取する。この四つの検体について、白血球数や細菌の有無などを確認するのがStameyの3杯分尿法である。しかし、日本での保険診療では、1日に3回の検尿や、細菌培養検査を4検体提出する事は査定の対象になるので、EPSもしくはVB3中の白血球数,細菌培養検査のみで慢性前立腺炎の診断を下す場合が多い。
慢性前立腺炎は前立腺分泌液(EPS)もしくは前立腺マッサージ後の尿(VB3)中に白血球,菌とも陽性なら慢性細菌性前立腺炎,白血球のみ陽性なら非細菌性前立腺炎,両方とも陰性なら前立腺痛と分類する。NIHの新分類では、慢性細菌性がⅡ型、非細菌性前立腺炎がⅢA、前立腺痛がⅢBとされている。
クラミジアの関与が議論されるのは、白血球は検出されるものの細菌培養検査が陰性の場合、すなわち非細菌性前立腺炎(ⅢA)においてである。
クラミジアは宿主細胞内でしか増殖できない微生物である。尿道の円柱上皮細胞と精巣上体の円柱上皮細胞内から検出されており、尿道炎と精巣上体炎の原因とされているが、前立腺の円柱上皮細胞内では証明されていない。
前立腺分泌液、TUR-Pで切除された前立腺組織などから、クラミジアを検出したとの報告がある一方、経会陰前立腺生検の組織からはクラミジアを検出できず、尿道内のクラミジアを検出しているだけだと主張する研究者もおり、非細菌性前立腺炎の一部にクラミジアが原因のものがあるのかどうか、まだ決着がついていない1)。
尿道スワブ検体にてクラミジアが陰性、EPSもしくはVB3中にクラミジアが陽性の症例に対し、アジスロマイシン500mgを3日間投与・4日間休薬を3週間繰り返す方法や、クラリスロマイシン500mgを15日間連続投与する方法で治療した報告2)では、80%でクラミジアが消失し、70%が症状も消失している。
したがって、非細菌性前立腺炎に対しても、クラミジアが原因の可能性も考え、マクロライド系・キノロン系・テトラサイクリン系の抗生物質を一定期間投与する事は合理的な治療法といえる。
一方で、EPSやVB3中の白血球が出現していれば、何らかの感染症があるのではないか、との考え方に疑問を投げかける研究もある。
Nickelら3)は、前立腺炎・慢性骨盤痛の患者463名と年齢をマッチさせた排尿症状のない男性121名とでEPSやVB3中の白血球数を比較したところ、白血球数が10個以上なのは、患者では32%なのに対し、健常者では20%、と差がなかったことを報告し、非細菌性前立腺炎(ⅢA)と前立腺痛(ⅢB)を分ける基準になるEPS中の白血球数の意義に疑問を投げかけた。
非細菌性前立腺炎と前立腺痛との境界が不明瞭となり、非細菌性前立腺炎を細菌以外の微生物による感染症と考え、抗生物質を投与し続けることへの反省材料となった。
罹患期間が長期となった慢性前立腺炎の患者はドクターショッピングを続けるので、すでに前医でマクロライド系・キノロン系・テトラサイクリン系の抗生物質を投与されていることが多く、クラミジアが原因で慢性前立腺炎が長期化している症例はまずないと思われる。
当院に1年半の間に受診した慢性前立腺炎の患者は210例であった4)が、60%はすでに他院での治療経験があった。細菌性前立腺炎は5%のみで、非細菌性前立腺炎が30%、前立腺痛が65%であった。非細菌性前立腺炎の患者のうち、他院でまだ抗生物質を投与されていない人にはキノロン系抗菌剤を投与し、70%が治癒した。すでに種々の抗生物質を投与されていた人には セルニルトン・漢方薬・抗コリン剤 もしくはそれらの併用で治療し、 30%が治癒、60%が有効、10%が無効であった。
すでに長期間の化学療法を受け、自分は原因微生物不明の感染症に犯されている、と患者自身が思い込んでいる場合に、セルニルトン・漢方薬は有効であった。
Stameyの3杯分尿法を厳密に行って前立腺炎の診断をつけている泌尿器科医は、尿路感染症を研究している医者以外にはほとんどいないであろうが、EPSやVB3中の白血球検査もしないで、前立腺炎の診断をつける医者も少なくない。尿道炎が治った後も症状が続くときにつける病名として、前立腺炎は非常に都合がよい。患者は延々と抗生物質を投与されても症状が治らず、難治性の感染症にかかったような錯覚をもつことになる。感染症ではないことを説明し、納得してもらうだけで症状が改善する患者も存在する。
したがって、細菌分離培養検査で菌が証明されない前立腺炎の患者に対して、抗生物質を延々と投与する事は慎むべきである。
クラミジアが非細菌性前立腺炎の原因である可能性を考え、クラミジアの殺菌に必要充分な期間、マクロライド系・キノロン系・テトラサイクリン系の抗生物質を投与する事は合理的な治療法である。
一方で、健常人でもEPSやVB3の中に白血球が検出されるので、その白血球のみを根拠に延々と抗生物質を投与し続けるべきではない。

文献
1) Weidner W et al. The role of Chlamydia trachomatis in prostatitis. Int J Antimicrob Agents. 2002;19:466-470.
2) Skerk V et al. Comparative Analysis of azithromycin and clarithromycin efficacy and tolerability in the treatment of chronic prostatitis caused by chlamydia trachomatis. J Chemother. 2002;14:384-389
3) Nickel JC et al. Leukocytes and bacteria in men with chronic prostatitis/chronic pelvic pain syndrome compared to asymptomatic controls. J Urol. 200;170:818-22
4) 木村明. 慢性前立腺炎(慢性骨盤疼痛症候群)の治療成績. 日泌尿会誌.2007;98:501.