慢性前立腺炎(慢性骨盤疼痛症候群)の治療成績

木村 明



慢性前立腺炎(慢性骨盤疼痛症候群)の治療成績

平成19年4月14-17日  第95回日本泌尿器科学会総会(神戸)

木村泌尿器皮膚科
木村 明

【目的】
1997年に前立腺についてのサイトを開設し掲示板も併設したが、掲示板への書き込みは前立腺炎に関するものが多く、次第に前立腺炎で有名なサイトに成長した。
このため当院には1年半に、他院で前立腺炎と診断・治療された人を含め、多数の患者が来院した。
今回、その治療成績を集計し、保存的療法の有効性と限界を検討した。

2005年4月から2006年9月までに、会陰部不快感等で来院し前立腺分泌液検査を行った患者は210例であった。
131人はすでに他院での治療経験があった。
前立腺分泌液中の白血球と細菌培養の結果より、
細菌性前立腺炎
非細菌性前立腺炎
前立腺痛
に分類した。

細菌性前立腺炎が13例、非細菌性前立腺炎が57例、前立腺痛が140例であった。このうち、セカンドオピニオンのみ希望の人を除いた、
細菌性前立腺炎12例、非細菌性前立腺炎55例、前立腺痛127例の治療成績を集計した。
治療の終点が明確でない疾患のため、
症状が改善し投薬が不要になった群を治癒、症状が改善し集計段階でも投薬を継続している群を継続、改善したが患者が勝手に通院しなくなった群を中断、改善の見られない群を無効とした。

【結果】
細菌性前立腺炎12例に抗菌剤を投与した。
7例が治癒、
1例が菌は消失し抗コリン剤投与継続、
1例が中断(キノロン耐性大腸菌:MINOで改善するも通院中止)、 3例が無効であった。
非細菌性前立腺炎55例のうち、
7例に抗菌剤を投与し、
5例が治癒、
1例が継続(セルニルトン・漢方薬に変更して継続中)、
1例が無効であった。

非細菌性前立腺炎のうち、 48例は
セルニルトン・漢方薬・抗コリン剤
もしくはそれらの併用で治療し、
14例が治癒、8例が継続、21例が中断、5例が無効であった。
前立腺痛127例は、セルニルトン・漢方薬・抗コリン剤・αブロッカーなどの処方と前立腺液圧出法で治療した。

前立腺痛127例のうち、
34例が治癒、
11例が継続、
38例が中断、
34例が無効、
10例が1度も再診しなかった。
中断群を軽快した症例とみなせば、
満足できる成績であった。
しかし、今回の患者の半数以上が他院での治療を経験していることを考えれば、当院での治療に失望し転院したとみなすべきかもしれない。

【考察】
前立腺炎の診断はStameyの方法に基づき診断すべきと考えるが、前立腺分泌液の検査をしないで、「前立腺炎」の診断をつける医者も少なくない。
Stameyは「前立腺炎という病名は、臨床医の無知によるくずかご(waste basket of clinical ignorance) 」と言っている。
尿道炎が治った後も症状が続くときや、前立腺は肥大症していないのに残尿感があるときなどにつける病名として、「前立腺炎」は非常に都合がよい。
患者は延々と抗生物質を投与されても症状が治らず、とんでもない性病にかかったような錯覚をもつことになる。

さらには、細菌検査を行うことなく、抗菌剤を処方していた医者が、突然「もう炎症は治った。症状があるのは気のせいだ。」と言って、治療を中断するため、患者は孤立する事になる。
患者は性病扱いされるのをおそれ、職場の人や友人に相談できず、インターネットで前立腺炎の情報を集めようとする。

学会で議論された事のない治療法をホームページで紹介しているクリニックもある。
日本語で書かれたサイトで、「前立腺炎を治癒させる薬」を宣伝している海外のクリニックも存在する。
これらのサイトのコピーを持ち込んで相談しようとする患者は、医師にとってはわずらわしい存在だが、我々が答えてあげないと、エビデンスのない治療法に患者を走らせることになる。
泌尿器科学会は、慢性前立腺炎(慢性骨盤疼痛症候群)の疾患としての位置づけをはっきりさせるべきである。
また、インターネットで独自の治療法を紹介している医師には、学会での発表を求めたい。治療法のオプションとなりうるか、学会で議論していただきたい。
木村明