我々は前立腺超音波像の自動診断を目的にして、1980年よりマイクロコンピューター・デジタイザー・システムを用い、重量、前後径左右径比等18項目の計測を行ってきた。また、未治療前立腺癌13例を含む115例のデータを基にして1981年癌とそれ以外との線型判別分析(2群の判別を行う)を行い、癌診断に有効な判別関数A-scoreを見出し第39回本学会にて報告した。その後1983年までの症例でA-scoreの有用性を調べたところ、A-scoreは癌を前立腺炎、正常例より分離するには有用であるが、癌と肥大症との分離が不十分であることがわかった。
肥大症、前立腺炎、正常例をまとめてコントロール群として判別を行ったことに難点があった可能性もあるので、今回、その後症例が増え未治療前立腺癌症例が50例を越えたのを機会に、多群を同時に判別する正準判別分析を行った。癌と肥大症との分離はやはり不十分であったが、正常例と比較した場合の癌、肥大症の輪郭の特徴が明らかになったので、ここに報告する。
1980年から1984年までに超音波検査を受けた未治療前立腺癌51例、前立腺肥大症癌88例、前立腺炎癌109例、正常例癌174例を解析の対象とした。これらの症例は、先に報告した方法にて逐次計測が行われており、ID、年齢、病名コード等とともに18個の計測項目がフロッピーディスクにおさめられている。このデータを東大大型計算機センターの日立M280Hに転送し、統計プログラムパッケージSASの正準判別分析プログラムCANDISCにて解析した。
線型判別分析では判別したい2群の平均値の差が最大になるように各計測項目に重みづけをしたscoreがひとだけ求まるのに対し、正準判別分析では3群以上を同時判別するためのscoreが複数求まる。それらのscoreは互いに無相関となるようにという制限のもとで、各群の平均値の差が最大になるように各計測項目に重みづけをして加算したものである。
正準判別分析の結果、計測項目18個のうち、重量(W)、仮想円面積比(PCAR)、前後径左右径比(AP/RL)、左右非対称度(AI)、非相似度(DI)が判別に有用であることがわかり、それらの重みづけ加算値CAN1-score、CAN2-scoreが求まった。Table1に2つのscoreの粗系数と標準化系数を示す。Figure1は今回の解析の対象となった422例をCAN1-score、CAN2-scoreの値によりプロットしたものである。Cが癌症例、Bが肥大症症例、Iが前立腺炎症例、Nが正常例である。CAN1-scoreは癌、肥大症を前立腺炎、正常例より分離する役目をしており、CAN2-scoreは癌と肥大症を分離する役目をしているのがわかる。仮にCAN1-scoreが正の値のものを「癌もしくは肥大症」と診断するとすれば、sensitivity 92% (128/139)、specificity 87% (245/287)となる。また仮にCAN2-scoreが正の値のものを癌と診断するとすれば、癌、肥大症に限っていえば、sensitivity 69% (35/51)、specificity 87% (60/88)となる。
各計測項目は各々単位が異なるため粗系数を比較したのでは各計測項目の重要度はわからない。粗系数に各項目の標準偏差を乗じた標準化系数は単位と無関係となり、各項目の判別での貢献度を示している。これを見ると、CAN1-scoreでは重量と前後径左右径比が大きな比重を占めており、癌、肥大症の前立腺炎、正常例との違いは重量、前後径左右径比の増加であることがわかる。一方CAN2-scoreでは前後径左右径比、重量、仮想円面積比が大きな比重を占め、前後径左右径比の系数が正に、重量、仮想円面積比の系数が負になっており、肥大症と比較した時の癌の特徴は、前後径が延長するわりに重量が増さず断面が円形とならないことであることがわかる。すなわち、癌、肥大症はともに重量が増し、前後径が延長するが、その程度の差が両者の輪郭の相違点となっている。CAN2-scoreは、前立腺癌の輪郭の特徴である「つり鐘型」と肥大症の「半月形」との違いを数式で表現したものと言える。