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木村明(横浜市青葉区)業績集

木村明業績

日泌尿会誌,83,1490-1498,19925.




超音波断層像を基にした前立腺輪郭の三次元表示の試み

東京都職員共済組合青山病院 泌尿器科

木村明 

東京大学医学部泌尿器科学教室

 阿曽佳郎

キーワード:三次元表示,経直腸的超音波断層法,パーソナルコンピューター

要旨

 経直腸的超音波断層像を基に,前立腺輪郭をブック型パソコンを用いて三次元表示するプログラムを作成し,臨床上の有用性を検討した.前立腺癌,前立腺肥大症,正常例各1例における前立腺の輪郭の三次元表示では,正常例では,前立腺が平たい形状をしていること,肥大症になると,球形に近づくが,前立腺の軟らかさを反映して直腸面は窪んでいること,癌になると,前立腺の硬度が増すため直腸内のプローブの圧迫の影響を受けず,直腸側へも突出すること,表面の凹凸不整を認めること,などが表示され,それぞれの特徴が表示し得た.酢酸クロルマジノンを長期投与されるうちアンチアンドロゲン療法耐性となった肥大症患者2例で,前立腺輪郭の経時変化を三次元表示した.1例では前立腺全体が均等に縮小しその後また全体が均等に再増大したことが示されており,もう1例では,前立腺の尖部近くが主に縮小したのに対し膀胱側はほとんど縮小しておらず,その後再増大した際には尖部だけでなく膀胱側も増大していることが示されていた.前立腺の輪郭の経時変化を三次元表示すると,全体像が把握しやすく,どの部位が主に変化したかがわかりやすく,三次元表示技術は経過観察において有用であることが示唆された.

緒言

 CTや超音波断層像を基にした諸臓器の輪郭の三次元表示の試みは,コンピューターの大容量化,低価格化に伴い,最近盛んに行われるようになってきた.我々も,ミニコンVAX11を用いた,腎・肋骨・体表の三次元表示1)や,画像入力装置を接続したマイコンApple IIによる,前立腺の三次元表示2)を試み,報告した.
 腎・肋骨・体表の三次元表示1)では,表示法は、体表については、一定間隔で記憶した輪郭のポイントを上下左右に結んでメッシュ状に表示するワイヤフレーム法を、腎と肋骨については、このメッシュが構成する面と光源との角度に応じた輝度でこの面を塗りつぶすサーフェース法を用いたが,腎と肋骨の位置関係が明瞭に示され、腎摘出術の到達法決定に役立つ可能性が示された.
 Apple IIによる前立腺の三次元表示2)では,1断層像あたり240点の輪郭のポイントを入力し,表示法もサーフェース法を用いることにより,表面の凹凸等の微細な変化も描出しえた.しかし,1例あたりの処理に時間がかかるため,多数例を処理し,三次元表示の臨床的有用性を検討するまでには到らなかった.
 今回我々は,個人用ワープロと同程度の低価格のため広く普及するようになったブック型パソコン(東芝ダイナブック)を用いて,経直腸的超音波断層像を基にして前立腺輪郭を三次元表示するプログラムを作成した.画像入力装置は接続せず,後述のシートから読み取った輪郭の座標をキーボードより入力することとし,1断層像あたりの輪郭の入力ポイント数を減らし,表示もワイヤフレーム法で行うことにより,1例あたりの処理時間も短縮した.これを用いて,前立腺輪郭を三次元表示することが臨床上有用であるか,を検討した.

方法及び対象

 超音波断層法はアロカSSD60または東芝SSL-51Cで椅子型スキャナにより施行した.5mm間隔の断層像を35mmフィルムに撮影した.これをスライドプロジェクターを用いて図1のシート上に投影し,前立腺輪郭をシート上でなぞる.シートには,中心から16方向に放射状に直線が伸び,それぞれに目盛りが付いている.直腸面側が密に,恥骨側が粗に直線が走っているのは,正常例,肥大症,癌とも,恥骨面の輪郭は直腸面に比しスムーズなため,密にポイントを拾う必要はないと判断したためである.このシートの目盛りにより,輪郭が直線と交差する16の点と中心との距離を順次読み取り,その数字をブック型パソコン(東芝ダイナブック)のキーボードに打ち込む.これを断層像の枚数だけ繰り返す.
 
 輪郭の表示は、16点x枚数のポイントを上下左右に結んでメッシュ状に表示するワイヤフレーム法によった. 
 プログラムはBASIC言語で作成した.図2~4にプログラムを示す.東芝ダイナブックで使用されるBASICは,MS-DOSのもとで動作するインタプリタ型のBASICである.図2はメインプログラム,図3は,キーボードから入力された数値から輪郭の各ポイントの三次元座標を計算するサブルーチン・プログラム,図4は,指定された方向から見たときの投影像を求めるため,三次元座標から投影点の座標を計算するサブルーチン・プログラムである.実際のプログラムには,前立腺重量などを計算したり,輪郭の三次元座標を患者ID,日付とともにセーブするためのサブルーチン・プログラムも含まれていて,ある患者の経時変化をコンピューターのモニター上に同時に表示できるような機能も備えている.
 
 
 
 
 
 まず,前立腺癌症例,前立腺肥大症症例,正常例の,それぞれの前立腺の輪郭の特徴が三次元表示で描出できるかを検討した.正常例は,血精液症のため前立腺超音波断層法を施行したが異常なく,触診所見,腫瘍マーカー値も正常であった症例である.
 次に,三次元表示が経過観察において有用であるかを検討するため,アンチアンドロゲン剤投与前後に複数回,前立腺の超音波検査を受けた肥大症症例と,発症6年前から定期的に前立腺の超音波検査を受けていた癌症例1例での,前立腺輪郭の経時変化を三次元表示した.癌の症例は,東芝中央病院の症例であるが,同院では,泌尿器科通院中の50歳以上の男性患者には、本人が希望すれば排尿に関する症状がなくても、経直腸的超音波断層法を行ってきた。こうした症例のうち、高尿酸血症で通院中で,1980年より1,2年ごとに前立腺超音波検査をうけていた66歳の男性に前立腺癌が発生した.1986年12月,前立腺超音波検査、PAP高値より前立腺癌を疑い,針生検を施行、adeno-carcinomaの病理診断をえ,酢酸クロルマジノン100mgの経口投与、除睾術を施行した。

結果

 図5に,癌,肥大症,正常例各1例における前立腺の輪郭の三次元像を示す.16点を基にした表示でも,それぞれの特徴が表示し得た.すなわち,正常例では,前立腺が平たい形状をしていること,肥大症になると,球形に近づくが,前立腺の軟らかさを反映して直腸面は窪んでいること,癌になると,前立腺の硬度が増すため直腸内のプローブの圧迫の影響を受けず,直腸側へも突出すること,表面の凹凸不整を認めること,などが表示されていた.
 
 発症6年前から定期的に前立腺の超音波検査を受けていた癌患者での,前立腺の形態の経時変化を,図6に示す.この症例では,除睾術後3週間で前立腺重量は発症前の値に戻ったが、図6に示した前立腺の輪郭の三次元像より,形状は基には戻っていないこと,すなわち前立腺は平らな形状から球形へと変化しており,これは除睾術により癌だけでなく、前立腺正常組織も縮小したためであることが推察できる.
 
 酢酸クロルマジノンを長期投与されるうちアンチアンドロゲン療法耐性となった肥大症患者2例での超音波断層像と前立腺輪郭の経時変化を,図7から図10に示す.図7と図8は,酢酸クロルマジノン50mg投与継続されたにもかかわらず耐性となった例での,図9と図10は酢酸クロルマジノン25mgに減量の後再増大し手術が施行された例での,それぞれ超音波断層像と前立腺の輪郭の三次元像である.50mg投与継続されたにもかかわらず耐性となった例での前立腺輪郭の三次元表示では,前立腺全体が均等に縮小しその後また全体が均等に再増大したことが示されており,25mgに減量の後再増大し手術が施行された例での前立腺輪郭の三次元表示では,前立腺の尖部近くが主に縮小したのに対し膀胱側はほとんど縮小しておらず,その後再増大した際には尖部だけでなく膀胱側も増大していることが示されていた.
 
 
 
 
 

考察

 1断面あたり16点のみの入力でも,充分に役立つ3次元像が得られた.癌,肥大症,正常の形状の違いも,これで充分示された.正常例では,前立腺が平たい形状をしていて,左右径が上下径や前後径より長いこと,肥大症になると,球形に近づくが,前立腺の軟らかさを反映して直腸面は窪んでいて前後径は上下径や左右径に比べるとまだ短いこと,癌になると,前立腺の硬度が増すため直腸内のプローブの圧迫の影響を受けず,直腸側へも突出し前後径が延長して3軸の長さがほぼ等しくなり全体の形が球形を呈することなどが表示されていた.
 経直腸的超音波断層法を基にした前立腺重量の推定に回転楕円体で近似する簡易法がある.このうち,最大横断像での面積S,左右径Dより,左右径を回転軸として面積Sの楕円を回転させたときの回転楕円体の体積Vを求める楕円体近似法(1断面回転楕円体近似法,計算式V=8S2/3πD)についての我々の検討では,癌では比較的よく一致するが,正常例ではかなり過小評価してしまう傾向があることが明かとなっている3).図2で示した,癌,肥大症,正常例各1例における前立腺と,各々の最大横断像の左右径を回転軸として最大横断像の面積の楕円を回転させたときの回転楕円体の輪郭の三次元像を,図11に示す.左右径を回転軸とした回転楕円体で近似すると,上下径を前後径で代用することになるため,平たい形状の正常例ではかなり過小評価してしまうことがわかる.癌は輪郭が球形に近いため,上下径を前後径で代用できることがわかる.
 
 前立腺輪郭の三次元表示は,経時変化の検討においても有用であった.
 著者は,以前勤務していた東芝中央病院で、泌尿器科通院中で,前立腺に関しても定期検査を希望する男性患者には、年1回程度経直腸的超音波断層法を行っていたが、高尿酸血症で通院中の66歳の男性に,定期的検査開始後6年目に前立腺癌が発生した4).
 この症例での前立腺輪郭の三次元表示により,1985年までは平たい形状をしていた前立腺が,1986年8月に球形に近づき始め,同年12月には表面の凹凸不整が顕著となっていることが示された.また,除睾術後,元の平たい形状には戻らず,球形のまま縮小したことが示された.これは除睾術により癌だけでなく、前立腺正常組織も縮小したためと考えられ、前立腺重量が正常値になったことをもって、癌が消失したとは言えないことがわかる。
 図8と図10には,酢酸クロルマジノンを長期投与されるうちアンチアンドロゲン療法耐性となった肥大症患者2例での前立腺輪郭の経時変化を示した.
 我々は以前,アンチアンドロゲン療法耐性となる肥大症患者がどの程度あるかを集計したことがあるが5),52例中9例で酢酸クロルマジノン投与継続中に再増大を認めた.
 今回この9例のうち,50mg投与継続されたにもかかわらず耐性となった例と,25mgに減量の後再増大し手術が施行された例での前立腺の輪郭の経時変化を三次元表示した.その結果,全体像が把握しやすく,前立腺全体が均等に縮小したのか,前立腺の一部のみが縮小したのかなど,どの部位が主に変化したかがわかりやすく,三次元表示技術は経過観察において有用であることが示唆された.
 以上,ブック型パソコンを用いた前立腺輪郭のワイヤフレーム法による三次元表示でも,各疾患の特徴が描出できること,輪郭の経時変化が把握しやすいことなど,臨床上の有用性が示された.画像入力装置を接続すると,本体に安価なパソコンを用いても,システム全体としては結局高価となるため,今回は,図1に示したシートから読み取った輪郭の座標をキーボードより入力する方法を取った.超音波断層像から前立腺等の実質臓器の輪郭をコンピューターが自動的に抽出するのは今のところ不可能なので,どのようなシステムを用いても人間が輪郭をなぞる作業は必要である.従って,このブック型パソコンのシステムでの余計な作業は,読み取った輪郭の座標をキーボードより入力することのみであり,1断層像あたりの輪郭の入力ポイント数を16点に減らすことにより,キーボード操作並びにそれに続く三次元画像表示に要する時間を15分程度に短縮した.しかも,全周等間隔にではなく,直腸面側は密に,恥骨側は粗にポイントを拾うことにより,直腸面の表示を重視し,前立腺の輪郭の特徴が損なわれないよう配慮した.
 元の画像で診断できないものが,三次元表示することにより初めて診断できるということはまずない.そのため,諸臓器の三次元表示が行われ,その有用性が数多く発表されているにもかかわらず,三次元表示のための高価なシステムへのニーズは少ない.今回我々は,個人用として普及しつつあるブック型パソコンを用いて,三次元表示を行った.特別なハードウエアを必要としないこのようなシステムの検討も,医用画像の三次元表示の普及には重要であると思われる.

文献

1)木村明,阿曽佳郎,平沢潔,周藤安造:腎の三次元動画表示の試み.臨泌,44,403-406,1990.
2)黒岡雄二,中村昌平,星野十,新妻雅治,木村明,新島端夫:立体像における正常前立腺及び前立腺疾患の形態的特徴.日超医論文集,50, 995-996,1987.
3)木村明,平沢潔,阿曽佳郎:経直腸的超音波断層法に基づく前立腺体積の簡易計算法(回転楕円体近似)の精度についての検討.超音波医学,18,620-625,1991.
4)木村明,樋口照男:前立腺癌の1例;発症6年前から除睾術後までの超音波断層像の経時変化.超音波医学,14,345-349,1987.
5)木村明,樋口照男:アンチアンドロゲン剤長期投与肥大症患者における超音波計測による前立腺重量の経時変化.日泌尿会誌,79,1697-1702,1988.