link to PSA top page

木村明(横浜市青葉区)業績集

木村明業績

超音波医学,18,620-625,1991.



経直腸的超音波断層法に基づく前立腺体積の簡易計算法(回転楕円体近似)の精度についての検討

木村明 
東京都職員共済組合青山病院 泌尿器科
東京都渋谷区神宮前5-53-3

平沢潔, 阿曽佳郎
東京大学医学部泌尿器科学教室

Accuracy of Ellipsoid Method for Estimation of Prostatic Weight.

Akira Kimura
Department of Urology, Aoyama Hospital. 5-53-3,Jinguumae,Sibuya-ku,Tokyo,150.
Kiyoshi Hirasawa, and Yoshio Aso.
Department of Urology, University of Tokyo.

1.はじめに

 経直腸的超音波断層法1)を基にした前立腺体積(重量)の計測は,前立腺癌の治療効果判定や,前立腺肥大症の術式選択のために広く利用されるようになっている.前立腺重量の計測法の中で最も正確な方法は,5mm間隔で撮影された連続断層像の前立腺面積をすべて計測し,これに厚みの5mmを乗じて加算するもので2),誤差は5%以下である(図1)3).この方法による前立腺重量の計測のためには,プローブを5mm間隔で引き抜きながら連続断層像を撮影しなければならないので,プローブが椅子に固定されていて,患者は座位で検査を受ける椅子型スキャナが適している.
 経直腸的超音波断層法
一方最近,メカニカルセクタスキャナやコンベックス電子スキャナ等の経直腸プローブによりリアルタイム像を観察する装置が普及しはじめた.これは検査者がハンドスキャナを手に持って操作するものであるため,5mm間隔で互いに平行する面での連続断層像を撮影するのは困難である.そのため,この種の装置では心室の体積計算等のための回転楕円体で近似するプログラムを用いて前立腺体積を計算することが多い.
 我々は最近バイプレーン探触子を用いて前立腺の超音波検査や生検を行うことが多くなったが,その際前立腺体積の計算には,最大横断面を基に計算する回転楕円体近似法(1断面回転楕円体近似法)を使用している(図2).
 本法は,最大横断像での面積S,左右径Dより,左右径を回転軸として面積Sの楕円を回転させたときの回転楕円体の体積Vを求めるもので,計算式は図2に示す通りである.
 回転楕円体の体積
本法の利点は,最大横断像のみから計算できるため,簡便であることである.最大横断像の輪郭をトレースし,続いて長軸を指定するだけで体積が表示される(図3).
 最大横断像の輪郭
 この回転楕円体近似法による体積が,5mm間隔で撮影された連続断層像の前立腺面積をすべて計測し,これに厚みの5mmを乗じて加算する方法(以下,積分法と呼ぶ)とどの程度一致するかを,検討した.
 この回転楕円体近似法以外にも最大横断面のみを基に回転楕円体で近似する方法としては,
(1) 左右径Dを回転軸として巾が前後径Tの楕円を回転させたときの回転楕円体の体積Vを求めるもの
(2) 前後径Tを回転軸として面積Sの楕円を回転させたときの回転楕円体の体積Vを求めるもの 
(3) 前後径Tを回転軸として巾が左右径Dの楕円を回転させたときの回転楕円体の体積Vを求めるもの も考えられる(以下,回転楕円体近似法の変法と呼ぶ)ので,これらが回転楕円体近似法の原法に比し優れているかについても検討した.

2.方法及び対象

東大病院泌尿器科で経直腸的超音波断層法を受けた患者のうち,前立腺癌(未治療)50例,前立腺肥大症50例,正常50例を対象とした.前立腺癌の50例のうち,48例は針生検により,2例は肥大症の診断の基に為された前立腺摘除術により(Stage A1),病理診断が得られている.前立腺肥大症50例は,TUR-Pもしくは前立腺摘除術が施行された症例である.正常50例は,血精液症や残尿感を訴えて来院,もしくは尿路悪性腫瘍否定のための一連の画像診断の一つとして経直腸的超音波断層法が施行された患者で,触診,超音波断層像,腫瘍マーカー値等より前立腺は正常と診断された例である.
 超音波断層法はアロカSSD60で椅子型スキャナにより施行した.5mm間隔の断層像を35mmフィルムに撮影した.これをスライドプロジェクターによりデジタイザー上に投影し,各スライスの前立腺輪郭をデジタイザー上でトレースすることによりマイクロコンピューターに入力した4).最大横断像での面積,左右径,前後径を基にした回転楕円体近似法及びその変法による体積と,積分法による前立腺体積を,このマイクロコンピューターにより算出した.
回転楕円体近似法による前立腺体積が積分法による前立腺体積とどの程度一致するかを,疾患別に検討した.前立腺肥大症症例については,膀胱内突出型か否かによって,回転楕円体での近似の誤差が大きくなるかどうかも検討するため,膀胱内突出像が2断面以上で認められる6例と,他の44例を別個に集計した.
 また,回転楕円体近似法の原法が他の3変法に比し優れているか(より積分法で求めた前立腺体積に近いか)についても疾患別に検討した.

3.結果

 図4から図6に,前立腺癌50例,前立腺肥大症50例,正常50例における,積分法と,回転楕円体近似法による前立腺体積の計算値の関係をプロットした.
 2方法による前立腺体積の計算値
 前立腺肥大症
 正常50例
 図4は,前立腺癌50例での2方法による前立腺体積の計算値の関係をプロットしたものである.前立腺体積の平均値は,回転楕円体近似法では24.8cm3,積分法では28.2cm3であった.前立腺肥大症50例(図5)での前立腺体積の平均値は,回転楕円体近似法では33.4cm3,積分法では41.7cm3であり,正常50例(図6)での前立腺体積の平均値は,回転楕円体近似法では11.1cm3,積分法では16.4cm3であった.
 すなわち,回転楕円体近似法では前立腺体積が,過小評価される傾向があり,この傾向は正常例において強いことが明かとなった.
 前立腺癌50例,前立腺肥大症50例,正常50例における,積分法と,回転楕円体近似法及びその変法で求めた前立腺体積の平均値を,表1に示した.
 回転楕円体近似法及びその変法
 左右径を回転軸とする回転楕円体近似法によって求められた前立腺体積は,過小評価される傾向があり,この傾向は正常例と膀胱内突出型の前立腺肥大症症例において強いことが明かとなった.
 逆に前後径を回転軸とする変法によって求められた前立腺体積は,過大評価される傾向があり,この傾向は正常例と膀胱内非突出型の前立腺肥大症症例において強かった.
 また,面積Sを用いる原法でも,前後径と左右径のみから計算する変法でも,平均値で見る限り大差がないことが示された.

4.考察

 経直腸的超音波断層法1)の主たる役割は,前立腺癌の早期診断であるが,その正診率は検査者の経験度に大きく依存する.一方,経直腸的超音波断層法を基にした前立腺重量の計測2)は,検査者の経験に関係なく正確であり,かつ前立腺癌の治療効果判定や,前立腺肥大症の術式選択のために役立つため,広く利用されるようになっている.また,我々が最近,前立腺肥大症において腫瘍マーカー値と超音波断層法を基にした前立腺重量との関係について集計したところ,両者には相関があり,単位前立腺重量あたりの腫瘍マーカー値を計算すると癌と肥大症の鑑別に有効であった5).すなわち,前立腺重量の計測は前立腺癌の早期診断にも役立つことが明かとなった.
 前立腺重量の計測法の中で最も正確な積分法には,5mm間隔で撮影された連続断層像が必要で,検査には椅子型スキャナが適している.
 しかし,最近普及しはじめた,メカニカルセクタスキャナやコンベックス電子スキャナ等の経直腸プローブによりリアルタイム像を観察する装置は,5mm間隔の連続断層像の撮影には不適である.そのため,この種の装置では回転楕円体で近似するプログラムを用いて前立腺体積を計算することが多い.今回我々は,その一つである1断面回転楕円体近似法の精度につき検討した.
 その結果,左右径を回転軸とした回転楕円体近似法(図2に示した式)では,前立腺体積が過小評価される傾向があり,前立腺癌では約10%,前立腺肥大症では約20%(膀胱内突出型では約35%,非突出型では約15%),正常例では約30%過小評価されることが判明した.
  癌,肥大症,正常例各1例における前立腺と,各々の最大横断像の左右径を回転軸として最大横断像の面積の楕円を回転させたときの回転楕円体の輪郭の三次元像6)を,図7に示す.左右径を回転軸とした回転楕円体で近似すると,上下径を前後径で代用することになるため,平たい形状の正常例や膀胱内突出型の前立腺肥大症症例ではかなり過小評価してしまうことがわかる.膀胱内突出型でない肥大症や癌は輪郭が球形に近いため,上下径を前後径で代用できることがわかる.
 回転楕円体
 図2に示した式以外の3変法も検討したが,前後径を回転軸とする回転楕円体近似法では,上下径を左右径で代用することになるため過大評価される傾向があった.また,面積Sを用いて計算しても,前後径と左右径のみから計算しても,平均値で見る限り大差がなかった.
 したがって,回転楕円体近似法4方法のうち何れが優れているかは,表1の結果からは判断できなかった.
 我々は図2に示した式をルーチンに用いているが,第1の理由はこの式では前後径を計算に用いないからである.プローブを直腸面に密着させるか否か,プローブを包むバルーン内に水をどの程度注入するかによって,前後径は左右径や面積以上に変動する7)ため,前後径(特にその2乗)を用いる計算式では,再現性が悪くなる.
 第2の理由は,手術適応の肥大症の場合には,過大評価されるより過小評価されるほうが術式の選択の際,都合がいいからである.積分法によって求められた前立腺体積は,内外腺を含めた前立腺全体の体積であり,肥大症で切除すべき内腺はこれより少ない.恥骨上式あるいは恥骨後式前立腺摘除術をうけた33例の肥大症患者での我々の集計では,実際に切除した内腺重量と積分法によって求めた前立腺重量の比は,30%から120%,平均75%であった8).
 楕円体で近似する方法には,縦断像と横断像を基に,上下径,左右径,前後径から計算するもの(2断面回転楕円体近似法)もあるが,今回対象とした症例は縦断像がないため,この方法に関する検討はできなかった.筆者の印象では,この方法は,左右径,前後径を計測した最大横断面と直交する方向で上下径を測定するよう常に心がけていないと誤差が大きくなるようである.縦断像で上下径を測定する時,内尿道口から前立腺尖部までの前立腺部尿道を計測すると,前後径と上下径が直交しない.バイプレーン探触子の装置では,縦断像のどの面を,いま横断走査しているかが破線で示されるようになっているので,互いに直交する3軸を選ぶのに便利である.
 今後開発される,ハンドスキャナを用いるタイプの経直腸的超音波断層装置では,種々の体積計算のプログラムが用意されていて,しかもメニュー画面からのプログラム呼び出しのためのキーボード操作を含め,片手で簡単に体積計算できるよう設計されることを期待したい.

結論

1.左右径を回転軸とした回転楕円体近似法では,前立腺体積が過小評価される傾向があった.
2.この傾向は特に正常例と膀胱内突出型の前立腺肥大症症例において強かった.
3.癌や膀胱内突出を伴わない肥大症は輪郭が球形に近く,回転楕円体で近似しうるが,正常例は平たい形状のため,回転楕円体で近似するとかなり過小評価することになる.

文献

1)渡辺泱,加藤弘彰,加藤哲朗,森田昌良,田中元直,寺沢良夫:超音波断層法による前立腺診断.日泌尿会誌,59,273-279,1968.
2)猪狩大陸:経直腸的超音波断層法を用いた前立腺の大きさと形状に関する臨床的観察.日泌尿会誌,67,28-39,1976.
3)渡辺泱:前立腺の画像診断.日泌尿会誌,82,1-15,1991.
4)木村明: 前立腺超音波断層像の計量解析.日泌尿会誌,75,1148-1153,1984.
5)岡村徹,平沢潔,木村明,阿曽佳郎:前立腺腫瘍マーカー値と前立腺体積(超音波計測による)との相関.日超医論文集,58,in press.
6)木村明,平沢潔,新妻雅治,阿曽佳郎:アンチアンドロゲン療法耐性肥大症患者における形態の立体的な変化の評価法.日超医論文集,56,67-68,1990.
7)千葉裕,棚橋善克,原田一哉,沼田功,神部広一,豊田精一,儀我健二郎,会田良紀:経直腸的リニア電子スキャンの応用(第3報)ー前立腺疾患におけるElasticity Index の検討.日超医論文集,40,683-684,1982.
8)木村明,中村昌平,新妻雅治,星野十,新島端夫,樋口照男:前立腺超音波画像の計量診断(第2報)ー内腺重量の予測式.日超医論文集,43,337-338,1983.