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プロスタール長期投与時の前立腺体積縮小率



アンチアンドロゲン剤長期投与肥大症患者における超音波計測による前立腺重量の経時変化.

木村明、樋口照男
東芝中央病院泌尿器科

日泌尿会誌,79,1697-1702,1988.

要  旨

 アンチアンドロゲン療法が長期施行されるうちに抵抗性を獲得し再増大してくる肥大症患者がどの程度あるかについて検討するために,酢酸クロルマジノン投与前および投与開始後に2回以上(通算3回以上)経直腸的超音波断層法をうけた52例の肥大症患者につき超音波計測による前立腺重量の変化を集計した.酢酸クロルマジノンの投与法は1日50mg(分2)の経口投与を原則としたが,投与開始後充分な縮小効果の得られた28例では途中から1日 25mg(分1)の経口投与に切り替えた.52例全例では,投与前31.8±14.1g(平均値±標準偏差,以下同様)の前立腺重量が平均4.5ヶ月間の投与により21.3±11.2gに縮小し,最終検査時(平均25.3ヶ月後)にも20.6±12.7gであり,再増大してくる傾向は見られなかった.また途中から1日25mgの経口投与に切り替えた28例でも,再増大してくる傾向は見られなかった.投与開始後いったん30%以上縮小し,その後 30%以上再増大した症例は9例あったが,このうち8例は目的の効果が得られた後,半量の25mgが維持のため投与されていた症例であった.対象となった52例と同時期に酢酸クロルマジノンを投与された患者は86例あり,この中には投与後2度の検査を待たずに手術がなされたり(7例),患者が来院しなくなったり(4例)した症例があり,この52例が偏った症例の集まりとなってしまった可能性もあるが,最低6ヶ月,最長59ヶ月,平均25ヶ月の期間ではアンチアンドロゲン療法に対する抵抗性を獲得する症例は僅かであることが示された.

緒  言

 人口の増加とともに老人性疾患の1つである前立腺肥大症も増加の傾向を見せている.その治療法としては手術が主体であるが,高齢,重要臓器の合併症の存在,本人や家族の拒否など種々の理由により手術が躊躇される例も少なからず経験される.近年,前立腺肥大症を対象としたアンチアンドロゲン剤1)が開発され,その有用性に関する報告も,経直腸的超音波断層法2)を用いたもののみでも多数の施設よりなされている3ー5).
 当院でも1981年以来アンチアンドロゲン剤を前立腺肥大症の治療に用いており,1985年までにアンチアンドロゲン剤が投与された145例の肥大症患者のうち投与前後に経直腸的超音波断層法がなされた105例に関して,超音波計測による前立腺重量の変化を集計し,既に報告した6).その中で我々は,1)酢酸クロルマジノン投与例98例での縮小率の平均は31.7%(投与前平均重量30.1g,投与後20.1g),カプロン酸ゲストノロン投与例7例での縮小率の平均は20.7%(投与前平均重量35.4g,投与後29.5g)であること,2)酢酸クロルマジノン投与中止後も経過観察された25例において,投与中止後約1年までに投与前値のレベルまで再増大すること,3)その25例のうち酢酸クロルマジノンの再投与をうけた16例では,酢酸クロルマジノンの再開により,初回投与時とほぼ同程度の縮小効果が得られること,4)酢酸クロルマジノン継続投与例44例では,投与後早期に達成された縮小が酢酸クロルマジノンの継続投与により最終検査時まで維持されること,を明らかにした.
 ただし,4)の酢酸クロルマジノン継続投与例については,平均13ヶ月しか経過観察されていない.より長期にわたって投与を継続するうちアンチアンドロゲン剤に抵抗性となり再増大してくる症例が現れる可能性は,ホルモン療法施行中に再燃してくる前立腺癌症例が多く存在することからも,充分考えられることである.今回我々は,先に述べた,1985年までに酢酸クロルマジノンの投与が開始された症例につき,さらに1987年末までの経過を集計し,肥大症患者においても長期投与されるうちアンチアンドロゲン剤抵抗性となり再増大してくる症例があるのかについて検討した.

対象及び方法

 1985年までに当科を受診し,前立腺肥大症の診断のもとに酢酸クロルマジノンの投与が開始された症例は138例である.このうち酢酸クロルマジノン投与前および投与開始後に2回以上経直腸的超音波断層法をうけた(通算3回以上経直腸的超音波断層法をうけた)52例の肥大症患者につき超音波計測による前立腺重量の変化を集計した.
 今回の解析の対象とならなかった86例の内訳は,
1)治療効果判定に経直腸的超音波断層法を用いなかったもの9例,
2)インポテンツ等の副作用のため2回目の(投与開始後1回目の)超音波断層法を受ける前に投薬が中止されたもの8例,
3)2回目の超音波断層法を受ける前に通院しなくなったもの19例,
4)症状の改善がなく2回目の超音波断層法を受ける前に手術が行われたもの2例,
5)インポテンツのため2回目の超音波断層法を受けた後に投薬が中止されたもの1例,
6)2回目の超音波断層法にて目的とした効果が得られたことが確認された後に投薬が中止されたもの32例,
7)2回目の超音波断層法にて効果が不十分と判断され手術が行われたもの7例,
8)2回目の超音波断層法の後も継続投与予定であったが通院しなくなったもの8例,
である.
 また今回の解析の対象となった52例のうち,1987年末現在も投与継続中の患者は30例であり,残り22例の内訳は,
1)目的とした効果が得られたことが確認された後に投薬が中止されたもの10例,
2)最終的に手術が行われたもの3例,
3)継続投与予定であったが通院しなくなったもの7例,
4)転居等のため他院に紹介したもの2例,
である.
 酢酸クロルマジノンの投与法は1日50mg(分2)の経口投与を原則としたが,投与開始後充分な縮小効果の得られた28例では途中から1日25mg(分1)の経口投与に切り替えた.
 経直腸的超音波断層法は東芝SSL-51Cにて椅子型スキャナを用い,前立腺の横断像を5mm間隔で撮影した.前立腺重量は各断層像の前立腺輪郭をデジタイザーを介してマイクロコンピューターに入力することにより求めた7).各断層像の前立腺面積に厚さ5mmを乗じたものを加算すると前立腺体積となり,前立腺の比重は1であることよりこの値がそのまま前立腺重量となる8).
 上記52例の肥大症患者につき前立腺重量の変化を集計した.また途中から1日25mgの経口投与に切り替えた28例についても前立腺重量の変化を集計し,25mgの投与でも縮小効果を維持できるかを検討した.

結  果

 最終の超音波検査まで1日50mgの投与を続けた24例の前立腺重量の経時変化を図1に,途中から1日25mgの経口投与に切り替えた28例の前立腺重量の経時変化を図2に示す.図において実線は1日50mg投与中であることを,破線は1日25mg投与中であることを示している.
 52例全例では,投与前31.8±14.1g(平均値±標準偏差,以下同様)の前立腺重量が平均4.5ヶ月間の投与により21.3±11.2gに縮小し(平均縮小率31.9%),最終検査時(平均25.3ヶ月後)にも20.6±12.7gであり(平均縮小率34.4%),全体としては再増大してくる傾向は見られなかった.
 また途中から1日25mgの経口投与に切り替えた28例では,投与前29.9±8.1gの前立腺重量が投与開始後初回の超音波検査までに18.2±5.9gに縮小し(平均縮小率38.0%),最終検査時にも18.0±7.0gであり(平均縮小率38.5%),この群でも平均値で見る限り再増大してくる傾向は見られなかった.
 52例のうち,投与開始後初回の超音波検査までに30%以上縮小した例は28例,投与中いずれかの時期に30%以上の縮小が確認された例は42例であり,この42例のうちその後30%以上再増大した症例は9例あった.その前立腺重量の経時変化を図3に示す.このうち8例は目的の効果が得られた後,半量の25mgが維持のため投与されていた症例であった.50mg投与継続されたにもかかわらず再増大した例での超音波断層像を図4に示す.最終的に手術が行われた3例のうち再増大を理由に手術がなされたのは1例のみであり,他の2例は,投与前の前立腺重量が106gと大きく11ヶ月の投与で充分な縮小効果が得られなかった例と,効果を維持するためには継続投与が必要であるとの説明にて手術を希望した例であった.
 また最終検査時まで縮小効果が維持された例のうち典型例の超音波断層像を図5に示す.



考 案

 当院では経直腸的超音波断層法の装置が1979年末に導入され、1980年より本検査を開始した。また我々は当時普及し始めていたマイクロコンピュ―タ―を用いた計量診断システムを作製し9)、1981年より同システムに前立腺輪郭を入力することにより得られる前立腺重量や自動診断コメント10)(輪郭の特徴を示す種々のパラメ―タ―より計算される判別関数の値に応じて出される)を臨床に役立ててきた。
 当院でも1981年にアンチアンドロゲン剤による前立腺肥大症の治療を始めたが,すでに投与前後の前立腺重量をルーチンに求める体制ができあがっていたために,アンチアンドロゲン療法による肥大症前立腺重量の経時変化に関するデータが多数蓄積されることとなった.
 1985年までにアンチアンドロゲン剤が投与された肥大症患者に関して,超音波計測による前立腺重量の変化を集計し,緒言に述べたごとき結果を得た.この中で我々自身も驚いたのは,アンチアンドロゲン剤の投与を中止するとほとんどの症例で,投与中止後約1年までに投与前値のレベルまで再増大することが示されたことであった.このことが明かとなってからは我々は充分な縮小効果が得られた後もアンチアンドロゲン剤の投与を継続することが多くなった.では,投与を継続する限り縮小効果はいつまでも維持できるのであろうか.
 先の報告でも,継続投与例に関しては,投与後早期に達成された縮小がアンチアンドロゲン剤の継続投与により最終検査時まで維持されることが示されていたが,平均13ヶ月の観察期間を基にしたものに過ぎず,より長期の継続投与でも縮小効果が維持できるのかを明らかにするため,今回我々は,1985年までに酢酸クロルマジノンの投与が開始された症例につき,さらに1987年末までの経過を集計した.その結果,52例の平均値で見る限り平均25ヶ月の観察期間では再増大してくる傾向は見られなかった.
 この52例と同時期に酢酸クロルマジノンを投与された患者は86例あり,それらがどういう理由で投薬を中止されたかを明らかにすることは,この52例が偏った症例の集まりとなっていないかを検討するうえで重要である.対象及び方法の項で述べたごとく,投与開始後の超音波断層法を受ける前に脱落した症例が38例あった.この中には手術がなされたり(2例),患者が来院しなくなったり(19例)した症例があり,それらにはアンチアンドロゲン剤が無効な症例がより多く含まれている可能性があるものの,再増大に関する検討には偏りを生じさせないと考えられる.また2回目の超音波断層法にて目的とした効果が得られたとして投薬が中止された32例はいずれも1985年までに中止されており,縮小した後に投薬を中止したか継続したかの違いは我々医師側が1985年の集計を基に方針を変更したためであり,この32例も偏りを生じさせないと考えられる.従って再増大に関する検討に偏りを生じさせた可能性のあるのは,投与後2回目の検査を待たずに手術がなされた7例と,患者が来院しなくなった8例だけと考えられる.
 さらに今回の解析の対象となった52例のうち,すでに投薬を中止されている症例に関してはその理由を明らかにしておかなくてはアンチアンドロゲン療法が有効な期間のみを切り取ってきた疑いが残る.先ほどと同じ理由で効果が得られた後投薬が中止された10例は偏りを生じさせないと考えられ,偏りを生じさせた可能性のあるのは,手術がおこなわれた3例と,患者が来院しなくなった7例だけと考えられる.
 以上より,この52例はそれほど偏った症例の集まりとなっていないと考えられ,従って平均25ヶ月の観察期間では平均値で見る限り再増大して来ないと考えて良いと思われる.
 次に個々の症例について検討してみると,いったん縮小した後また増大してくる例も見うけられる.投与中に30%以上縮小し,その後30%以上再増大した9例の前立腺重量の経時変化を図3に示した.この9例を再増大例と考えるなら,このうち8例は目的の効果が得られた後,1日25mg投与に切り替えられた症例であり,1日50mg投与継続されたにもかかわらず再増大した例は1例しかないことになる.しかし,この30%という数字は短期治療成績5ー6)における平均縮小率を基にしてはいるが,有効例や再燃例の判定の域値を30%として良いという合理的説明はできない.経直腸的超音波断層法により求まる前立腺重量の誤差は5%8)ということに基づけば,10%以上の変化が誤差を越えた変化と見なすことができる.投与中に10%以上縮小し,その後10%以上再増大した例を再増大例と考えるなら,52例中17例がこの基準にあてはまり,1日50mg投与継続された例も3例含まれることとなる.しかし,域値を10%に下げることによってこの基準に新たにあてはまった8例は最終検査時の前立腺重量が12~24g(平均17.8g)であるので,これらをアンチアンドロゲン療法に対する抵抗性を獲得した症例とみなすべきではないであろう.
 ホルモン療法施行中に再燃してくる前立腺癌例については,その頻度や時期についての報告が多数なされている.藤目ら11)は初回治療法としてホルモン療法が施行された87例についての検討の中で,ホルモン療法が有効であった65例中27例に再燃がみられたと述べている.福谷ら12)はホルモン療法が施行された87例中21例に再燃がみられたと述べている.滝川ら13)は再燃例84例の検討の中で,再燃までの期間は平均24ヶ月で,半数以上が2年以内に再燃をきたしていたと述べている.
 前立腺癌の再燃の診断は前立腺局所の増悪のみによりなされる場合より,新たな転移の発生や酸性フォスファターゼの上昇なども加味してなされることのほうが多いことや,今回の解析の対象となった52例のうちどの症例をアンチアンドロゲン療法に対する抵抗性を獲得したとみなすかが不明確であることからも,アンチアンドロゲン療法施行中の前立腺肥大症とホルモン療法施行中の前立腺癌とを比較することには問題があるが,前立腺重量の平均値では再増大していないこと,個々の症例の検討でも1日50mg投与中の患者はほとんど再増大していないこと,再増大を理由に手術がなされた例が1例しかないことなどから,肥大症はアンチアンドロゲン療法に対する抵抗性を獲得しにくいとの印象がえられる.
 しかし我々は,以上の事実をもとにアンチアンドロゲン療法が前立腺肥大症の治療として手術に代わりうるものだと主張するつもりは毛頭ない.アンチアンドロゲン療法を中止するとほとんどの症例で再増大することが明かとなってからは,当院でも適応を,1)高齢者や重要臓器に合併症を有す者,2)悪性腫瘍等で加療中もしくは手術所見などより予後不良と考えられる者,3)投薬を中止すれば再増大することを説明しても手術を拒否する者,4)仕事等の都合で期限を限って投薬を希望する者,に限るようにしている.

文 献

1)志田圭三:アンチアンドロゲンに関する基礎的,臨床的研究.ホルモンと臨床,28,899-928,1980.
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3)斉藤雅人,渡辺泱,大江宏:前立腺肥大症に対するCH-62(酢酸クロルマジノン25mg錠)の臨床効果.泌尿紀要,27,1147-1152,1981.
4)吉田英機,原口忠,小川良雄,河合誠朗,大山正明,桧垣昌夫,斉藤豊彦,今村一男:前立腺肥大症に対するchlormadinone acetateの臨床効果.泌尿紀要,29,1419-1426,1983.
5)沼田功,棚橋善克,千葉裕,豊田精一,田口勝行,前原郁夫,折笠精一,笹野伸昭:前立腺肥大症に対する酢酸クロルマジノン錠の臨床効果.ホルモンと臨床,33,393-401,1985.
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13)滝川浩,香川征,淡河洋一,黒川一男,TEKKグループ:再燃前立腺癌の臨床的検討.日泌尿会誌,78,1545-1552,1987.